【30sta!な人 vol.2】42歳・未経験でライターに転身。「会社員の頃は低かった自己肯定感が明らかに上がりました」

「30sta!な人」は、30~40代になってから未経験の仕事にチャレンジし、充実した毎日を手に入れた方にインタビュー。新しい仕事の醍醐味や苦労、未知の環境に飛び込む上で大切な心構え、転身を成功させるポイントなどをお伺いしていきます。

第2回は、都内オンラインゲーム会社を経て、2018年12月に42歳からフリーライターとして活動をスタートした、芦田おさむしさん(44歳)にお話をお伺いしました。

転身したタイミングは遅かったものの、実質1年目の2019年から年間1,300本の記事を執筆。「ライターを始めたことで、自己肯定感が上がった」といいます。

そんな芦田さんに、ライターを始めて間もないうちから多くの仕事を獲得した道のりや、ライターになったことで得られたことなどをお伺いしました。(text:竹中唯 photo:立岡美佐子)

(プロフィール)
芦田おさむしさん
1976年、栃木県生まれ。千葉商科大学商経学部卒業。
都内オンラインゲーム会社を経て、2018年よりフリーライターとして活動開始。
格闘技を中心にビジネス、スポーツ、エンタメ、映画レビューなど他ジャンルで執筆中。筋トレと食事改善でダイエット中。最近買った家電は精米機とミキサー。ポートフォリオURLは、https://note.com/osamushiwriting/n/n23135dfd9e62

中間管理職で壊れる寸前に。未経験のライターに活路を求める

--42歳でフリーライターに転身されたそうですね。それまではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

芦田:大学卒業後、フリーターを経てオンラインゲーム会社に入りました。カスタマーサポートから始まって、ゲーム企画、ゲームを取り仕切るディレクターなどを経て、最終的には部署を管理する中間管理職を務めました。

--どのようなきっかけでライターに転身されたのでしょうか?

芦田:中間管理職ならではの役割に疲れてしまったんです。上下からの板挟みに加え長時間勤務が常態化しており、うつのような状態が出るようになっていました。

過去にうつで休退職した同僚の姿を多く見てきたので、壊れる前に脱出しようと思ったのが一番のきっかけです。

精神的に限界に達していて、次に何をするか考えないまま退職してしまったものの、会社勤めではない働き方をしたいと思い、ネットビジネスに目を付けました。せどり、ブロガーなども考えましたが、最終的に、ライターを選びました。

--なぜライターに惹かれたのでしょう?

芦田:未知の世界でしたが、「もしかしたら自分にもできるかもしれない…」と思えたからです。

前職ではオンラインゲームのニュースリリースを毎日のように更新していて、自分で書くこともあれば、部下が書いたものを見直すことも多くあり、文章に対して抵抗はありませんでした。

あとは、兄が国語の教師ということもあり、正しい日本語は普段から意識していました。「ら抜き言葉」が流行し始めたころ、日本語の乱れに激怒した兄の姿が今でも忘れられません。文章を書く仕事に関しては、ほかの人よりは近い位置にいたかもしれないですね。

クラウドソーシングから始め、1年目から1,300本を執筆

--初めての仕事は、どのようにスタートしたのでしょうか?

芦田:まずはクラウドソーシングで仕事を探しました。クラウドソーシングは未経験でも案件をもらえるチャンスがあると聞いていました。今は利用者が増えて環境が変わったようですが、当時は駆け出しでも、いくつか採用してもらえました。最初は文字単価0.4~0.8円の案件が多かったです。

「1文字1円」というのが、ひとつのスタートラインと聞いていたので、そこに立つためにとにかく実績を積もうと、興味が乏しい内容でも、選ばず書きました。

気がつけば、2019年に執筆した記事の数は1,300本に達していました。

--1年目からそんなに仕事が得られたんですか。クラウドソーシングで見つけたのですか?

芦田:最初の頃はそうでしたが、今では、クラウドソーシングより、企業との直接取引が多くなり、定期的に仕事をいただけるようになりました。

現在は、格闘技メディアの仕事を中心に活動しています。こちらでは、会場で試合を観戦して試合結果のレポートを書いたり、記者会見場や控室で選手に直接インタビューして記事にまとめたり、リリースを元に試合情報を書いたり、と1カ月に30~40件の記事を担当させていただいています。

また、ゲーム、金融、不動産などの分野で、SEOライティングも手がけています。そのほか、前職の知識を活かしたゲーム関係の記事の監修も担当しています。

サロン経由で仕事をつかむ。ライター仲間もできる

--どのように仕事を広げていかれたのでしょうか?

芦田:初めて直接取引の仕事をつかんだきっかけは、ライターのつながりが欲しくて当時入っていた、ライターサロンからの縁です。

サロンは、主催するオーナーの指導を受けられたり、参加者同士で情報交換できたりするコミュニティなのですが、その人的ネットワークをアテにして、サロンのオーナーに、「こんなライターはいないか?」という問い合わせがよくあるそうです。

格闘技メディアの仕事はまさにそのパターン。「格闘技の記事が書けるライターを探している」とオーナーの元に相談があり、僕のところに話がきました。

--芦田さんは格闘技に詳しかったのでしょうか?

芦田:僕は当時から格闘技ファンではありますが、全体の中で見るとおそらく中堅ぐらいの知識量でした。深いところまで知っているわけでは無いけれど、コア・ライト両方のファンに対して、過不足なく書けるところが逆に強みだと思い、挑戦してみました。今では、メジャーな選手はもちろん、マイナーな選手まで知識が広がり、得意分野に昇格しています。

――サロンの存在は大きいですね。

芦田:現在はそのサロンには属していませんが、その後も他のサロンやサークルなどに所属し、ライター同士のつながりを作れました。とてもいい刺激をもらえて、チャンスを得られた場です。サロンでできた仲間とは今でも仲が良く、オンライン飲み会をしたり、仕事を紹介してもらったりすることもあります。

--ライター仲間ができると心強いですね。サロン選びのポイントはありますか?

芦田:目的にあったサロンを選ぶのはもちろんですが、有料・無料のサロンに関わらず、オーナーさんがメンバーと積極的に絡んでくれるサロンは、活動も活発な気がします。そうしたサロンは、メンバー間で交流する機会が多いので、仲間ができやすいのです。逆に言うと、オーナーさんが参加しなくなって、メンバーだけで活動するようになると、活動がしぼんでいくと感じますね。

また、サロンに所属するメンバーが変わっていくと、サロン全体の雰囲気が変わっていき、自分に合わなくなることもあります。その都度、自分が学べそうなサロンを選んで移動していくといいのではないでしょうか。

異業種でも会社員時代に培ったスキルが活きる

--これまでの会社員時代の経験が役に立ったと思うことはありますか?

芦田:ゲーム業界に明るいので、ゲーム系の記事から仕事を始めることができました。

また、ビジネス用語やマナーなどを学び直さなくてもよかったこと。メールの文章を普通に書いているつもりですが、「やりとりがスムーズで助かる」と感謝されることもあります。

あとは、管理職を経験させてもらえたので、年下年上も関係なく、仕事関係者とコミュニケーションを取ることに、気後れをせずに済んでいます。ライターとしては初心者でしたが、年齢を重ねていたから出たベテラン感がプラスに働き、最初からベテランのように見てもらえたこともありました。40代で始めたからこその強みといってもいいかもしれません。

--長い会社員時代で培ったスキルが活かされていますね。

芦田:会社員時代に積み重ねてきたコミュニケーション能力やふるまいは、異業種においても活用できる技能になると思います。

社会人をするなかで学んだことは、信頼を得るためには、一人のプロとして堂々とした態度を取って、自分の意見をきちんと伝える必要があるということ。

現在、ある勉強会でメンターを務めていて、ライターを始めたばかりの方や、これから始めようとする方々の相談に乗っています。

その際、「キャリアが浅いからといって必要以上に自分を卑下するのではなく、自分が価値を提供できることがあれば、遠慮せず相手に伝えていきましょう」とお伝えしています。その方が、お互いに得るものがあり、良い関係を築けるからです。

このように僕がアドバイスできるのも、会社員経験があったからこそと言えます。

「自己肯定感が上がった」「生きている実感がある」

――フリーランスになって生活が変わったことにより、良かった点はありますか?

芦田:環境を変えたことにより、明らかに自己肯定感が上がりました。

以前の仕事場では、周囲に口数の多い方がたくさんいたので、僕が聞き役に回っていて話せる機会があまり無かったんです。「お前、コミュ障だな(笑)」と同僚からいじられることもあったので、僕は会社を辞めるまで、自分がコミュ障だと思い込んでいました。

しかしライターになって、お客さんやサロンでのコミュニケーションを通じてみると「あれ、そうでもないんじゃないか」と思えたんです。

――芦田さんと話していて、コミュニケーションがしづらいなんて、まったく思いませんよ。

芦田:ありがとうございます。コミュ障じゃない自信が増えました(笑)。

理不尽に怒られたり評価されたりすることで悩んでいるならば、あるいは、自分に対する自己肯定感がものすごく低いのなら、その場所を変えるか、もっと自分を評価してもらえる別の場所を作ることをおすすめしますね。居場所を変えることは、非常に重要だと思います。

――活躍場所を変えるだけで、そこまで精神的なメリットがあるんですね。

芦田:ほかにも、会社員時代より生きている実感を持てています。大げさに聞こえるかもしれませんが(笑)。

会社で手を抜いていたわけではないのですが、やってもやらなくても給与が入ってきていたので、能動的にお金を稼いでいる感覚がなかったんです。

しかし今は、働かざるもの食うべからずの世界。1日休んだことで、いくらの損が出たのだろうと思う日もあれば、1日でこれだけ稼いだから明日は休んでもいいだろうと思える日もあります。お金と人生が近くにあって、生きるためにお金を稼ぐという輪郭が、はっきり見えるようになりました。

もちろん、精神的にきつい面もあるのですが、自分の足で自分の人生を歩んでいる実感を持てるようになりました。

――能動的に働く姿勢になれるのは、フリーという働き方の利点かもしれないですね。

芦田:また、ライティング自体も楽しいですね。僕はゲームが好きなのですが、SEOライティングは、ちょっとしたゲーム攻略のように捉えています。読者はどんなキーワード検索をするのか、そのキーワードに対して検索エンジンがどのような評価をするのか考えながら「きっとこれはいいだろう」と自分の考えを記事に盛り込んで書くことに、探究心が満たされます。

――ゲームみたい、というのはゲーム好きならではの捉え方かもしれないですね。

選択は、自分の人生を振り返って慎重に。だけど可能性を信じて

――30、40代でこれから新しい場所に飛び込んでいきたい方に伝えたいことはありますか?

芦田:「自分にできるかできないか、慎重に考えること」と、そして矛盾するようですけど「自分の可能性を信じてあげること」の2つだと思います。

「自分にできるかできないか、慎重に考えること」についてですが、無謀すぎると思うものには、手を付けない方がいいと思います。思い切ってやってしまうのは、正直30、40代ではやめておいた方がいいのではないでしょうか。

僕がライターを始める当時、これまでの人生を振り返って「自分にもできるかもしれない…」と思えたのでスタートを切りました。これがもし、プログラミングだったら、自分の人生と重なる部分が少なくて、手を出したとしてもうまくいかなかったと思うんです。

この歳になってから失敗すると、現役で働ける残り時間を考えてもダメージが大きいものです。できるだけ、失敗しない道を選んだ方がいいと思いますし、あるいは、失敗しても後戻りできるように小さく始めるといいかもしれません。

最近流行りの副業から始めることは、大いに賛成です。僕はいきなり専業になりましたけれど、もしあの時代に戻れるのだったら、副業からやってみても良かったかなと思います。

――そして相反するようですけど、自分の可能性も信じるということですね。

芦田:そうですね、たとえ土壌がある分野だとしても、挑戦するときは、自分を信じてあげないと踏み込めないものです。

「今日まで○年間生きてきたなかで、さまざまな経験を積んできた。それを生かせば、きっとあなたは、やれるでしょう」と、自分に言ってあげてください。そうすれば、きっと道は拓けるはずです。

~取材を終えて~

40代から新しいキャリアを選択した芦田さん。会社員時代の経験を活かして、ライター業も順調のようです。40代からの異業種への挑戦は、遅いと捉えられることもありますし、現に「もっと、早く取り組んでいれば」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

しかし、今までの経験はまったく無駄ではなく、次のキャリアでも活きていきます。自分の人生を振り返って「自分にもできそうだ」と少しでも思えたのならば、そんな自分を信じてみてもいいのかもしれません。

竹中唯ライター

投稿者の過去記事

長野県生まれ。信州大学人文学部卒業。7年の会社員を経て、2019年より個人事業主としてライター活動開始。これまでインタビュー記事(働き方、病院運営、住宅、採用ページなど)やレビュー記事を執筆。
2012年〜公的保険機関にて病院経営に関する保険料算定審査、2016年〜部品製造工場にてリスクマネジメント、業務改善などに従事。30歳で副業ライターを始めて今に至る。山に囲まれる人生、海を見るとはしゃぐ。
ポートフォリオサイトは、https://taonagano.amebaownd.com/

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