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倒産危機からV字回復を果たした老舗みりん蔵。立役者は2人の兼業者だった ~『地方副業リスキリング』出版記念セミナー第7回レポート~

愛知県碧南市に本社を構える杉浦味淋株式会社。1924年創業の老舗みりんメーカーは、コロナ禍の影響で売上が半分以下に落ち込み、倒産の危機に瀕していました。

しかし、そこから見事にV字回復を果たし、コロナ禍前よりも売上を伸ばしています。その復活劇を支えたのが、2020年より加わった2人の兼業者だったといいます。一体どんな化学変化が起きたのでしょうか?

2024年12月16日におこなわれた『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(著:杉山直隆 監修:南田修司 自由国民社)発刊記念セミナーで、杉浦味淋の杉浦嘉信社長と、兼業者の料理研究家・安部加代子氏にインタビューしましたので、その内容をダイジェストでお届けします。

ゲストスピーカーの杉浦味淋(株)代表取締役・杉浦 嘉信氏。1966年生まれ。日本大学農獣医学部拓殖学科卒業。酒類問屋に2年半勤めた後、杉浦味淋(株)に入社。専務取締役を経て2003年8月 代表取締役に就任。現在三河熟成みりん(三年熟成)を柱に、元来の古式三河みりんである飲むみりん「甘いお酒」の復興に意欲を燃やす。杉浦味淋ホームページはhttps://www.mirinya.com/

ゲストスピーカーの料理研究家・安部加代子氏。料理教室『Kayo’s Vagetable Laboratory』主宰。野菜ソムリエpro、受験フードマイスターなど様々な食の資格を持ち、レシピ開発、コラム執筆など行う。雑誌「STORY」「Mart」などへの掲載、企業アンバサダー、家電メーカーの食サービスの立ち上げ、運用にも関わり多方面で活動している。最近ではカフェのメニュー監修や商品開発にも携わっている。

もう一人の兼業者である、楠めぐみ氏。サービスデザイナー/ マーケター。NPO法人Nagomi Visit代表理事。ツーリズムマーケティングを専門とし、自身が代表を務める「世界中の旅人と食卓を囲むホームビジット」事業をはじめ、複数のインバウンド向けアクティビティの事業開発やPRに携わる。現在はAI学習データを構築する日本企業のPRマネージャーとしても活動し、パラレルキャリアを築いている。

『地方副業リスキリング』監修者の南田修司氏。NPO法人G-net代表理事であり、地方企業と兼業者・副業者をマッチングする「ふるさと兼業」の代表を務める
『地方副業リスキリング』著者の杉山直隆。弊サイト「30sta!」の編集長として地方副業やプロボノなどに関する取材・執筆をおこなうだけでなく、自ら体験もしている

BtoCに本格進出したいが、人を雇う余裕がない

杉山:

まずは杉浦味淋とはどのような会社なのか、改めてお話しいただけますか。

杉浦:

当社は愛知県碧南市でみりんを醸造している会社です。私で3代目になります。創業は1924年で、2024年でちょうど100周年を迎えました。といっても、実態は家族経営の小さな蔵です。私と妻、社員1名、パートさん5~6名という小規模な形態で運営しています。

実は碧南市はみりんの産地でして、うちを入れて5つの蔵がみりんづくりを専業としています。一番古い会社は江戸時代から250年の歴史があり、実は創業100年の当社が一番の新参者、という業界です。

100年にわたってみりんを作り続けてきた杉浦味淋

杉山:

コロナ禍で大変な状況に直面されたと伺っています。

杉浦:

弊社は外食関係の取引先が多かったので、その売上がまったくなくなってしまい、会社全体の売上が半分以下に落ち込んでしまいました。

このままではマズいと大きな危機感を持ったので、それまで片手間でしていたBtoC向けのネット販売に本格的に取り組むことを考えました。

そのためにはウェブならではの売り方を研究したり、新商品やレシピを開発したりする必要があります。しかし、マーケティングのスペシャリストやレシピを開発できる人を常勤で採用できるかというと、そこまでの余裕はありません。

何か良い方法はないだろうか。そう模索していた時に、以前、大学生のインターンシップの受け入れでお世話になったG-netさんから、「ふるさと兼業」を教えていただいたのです。

期間限定の副業や兼業という形で専門スキルを持った方に働いていただけるということを聞き、この仕組みを活用することにしました。

「ふるさと兼業」を介して出会う。互いのニーズがマッチ

杉山:

そんな杉浦味淋さんの求人を、安部さんが見つけられたわけですね。

安部:

はい。もともと私はSEの仕事をしていたのですが、結婚を機に退職して、料理研究家として料理教室の講師やコラムの執筆などの仕事をしていました。しかし、コロナ禍で教室を全て休止せざるを得なくなったのを機に、自分の仕事を一旦見つめ直し、商品開発やレシピの開発に関わりたいと考えるようになりました。

そこでネットでいろいろ調べていたら、ふるさと兼業のページにたどり着き、副業人材を募集している碧南市の企業が集まるオンラインイベントを見つけました。

その場で、杉浦さんから「みりんを使った新商品を開発したい」という話を伺い、ビビッと来たのです。私自身、調味料にとても興味があり、また発酵食品も好きだったので、ぜひ関わってみたいと思いました。

ちなみに、杉浦味淋さんのことはまったく知らなかったのですが、後で野菜ソムリエの仲間から「あそこはすごく有名なみりん屋さんだよ」と聞き、愛用者も多くて、恐縮しました(笑)。

杉浦:

正直、私はそんなに応募が来ないだろうと思っていたのですが、12名もの応募があって、ビックリしました。魅力的な方ばかりで全員働いていただきたいと思うぐらいだったのですが、最終的にレシピを開発していただけそうな安部さんと、ウェブマーケティングのスキルをお持ちの楠さんにお願いすることにしました。

2人の兼業者がPR戦略を考え、実行までおこなう

杉山:

まずは2020年11月~2021年2月の3カ月から開始されたということですが、具体的にはどのようにプロジェクトが進んでいったのでしょうか。

杉浦:

弊社の「愛櫻」という純米本みりんは、1年熟成と3年熟成の2つがあるのですが、

この2つをどう使い分けるかという線引きがありませんでした。そこで、それぞれに合うレシピの開発をお願いしたいと考えていました。

また、BtoC向けのネット通販のためにホームページをリニューアルする予定だったので、そのコンテンツの作成や顧客の分析などもお願いしました。

杉浦味淋の純米本みりん「愛櫻」。昔ながらの製法でつくった“飲める”みりん

安部:

最初に杉浦さんからみりんをたくさん送っていただいて、私も楠さんも、その美味しさに本当に驚きました。みりんが飲めるということも初めて知りましたし、蔵によって味が全然違うことにも感動しました。なかでも杉浦味淋さんのものが一番美味しかったです。この美味しさをどう伝えるか、ファンをどう作っていくかを3人でいろいろ考えながら、私たちのスキルでできるさまざまな施策を打ち出していきました。

最初は、FacebookやInstagramの整備から始めました。杉浦さんは既にライブ配信など積極的にSNSを活用されていましたので、それをベースに、より統一感のある発信を目指しました。

楠さんは、マーケティングの観点から、ファンのペルソナ設定、LINEなどのコミュニティの立ち上げ・運用、ホームページに載せるコンテンツの企画・制作などをしました。それに合わせて、私が必要なレシピを考えて料理を作って写真を撮り、Instagramで発信する、というように、役割分担をしながら進めていきました。

杉浦:

安部さんも楠さんも、大きな企業でいろいろ経験されているからか、ミーティング一つとっても、司会進行がスムーズだったり、議事録もその場でパパッとできたり、と手際が良いんですね。私が掲げるテーマに沿って、お二人がそれぞれの持ち味を出されていたので、安心して見ていました。

当初は3カ月の予定でしたが、それでは足りなかったので、延長していただきました。

安部:

どの施策もやりかけの状態だったので、私の方もぜひ、とお答えしました。続けられることが分かって嬉しかったですね。

杉浦:

実は、今も引き続きお仕事をお願いしているので、もう4年以上になります。ここまで長いお付き合いをしていただき、とても感謝しています。

月250件ほどの注文が、一気に1万件に!

杉山:

一時は倒産危機だったということですが、お二人の協力でさまざまな施策を打ったことで、徐々に成果が出始めたのでしょうか?

杉浦:

まずはホームページのリニューアルプロジェクトに関して、安部さんと楠さんの力はなくてはならないものでした。ホームページをPRするさまざまなイベントをおこなったことで、ファンの方を増やすことができたのですが、このイベントの8~9割はお二人によるものです。たとえば、SNSでみりんのレシピコンテストをしたり、といったことですね。

安部:

事前に特別セットを送ってオンラインのみりん飲み比べイベントを開催して、シロップ作りのワークショップを開いたりといったこともしましたね。杉浦社長を始め、杉浦味淋さんは通常業務があるので、こうしたイベントの実施まではなかなか手が回らないと思うのです。そうしたサポートを楠さんと二人でできたのは良かったかなと思います。

杉浦:

大きな変化が現れたのは、プロジェクト開始から1年半ほど経った2022年3月に、全国放送のテレビ番組に取り上げていただいたことです。その反響は予想を遥かに超えるものでした。通常月250件ほどの注文が、一気に1万件を超える状況になりました。特に3年熟成のみりんへの注文が殺到し、在庫が枯渇するほどでした。

安部:

テレビが放映された後に、Instagramや公式LINEのフォロワーさんが一気に増えました。こうした動線をつくっておいたのもうまくいきましたね。

杉浦:

現時点では公式LINE会員が2,600名、商品を購入いただいたDM会員が1,500名に達しました。お金では買えない貴重なつながりが、このプロジェクトによって得られたと思っています。

4年以上も続いている理由とは?

杉山:

成果を出せて、4年以上も続く良い関係も築けたのは、非常に珍しいケースだと思います。その要因は何だと思われますか?

杉浦:

私に知恵がなかったので、「◯カ月でフォロワーを◯人増やす」というような数値目標は設定せずに、大きな方向性だけお伝えしていました。あまり小さな枠にはめず、自由度を持たせた形でお仕事をお願いしていました。それがやりやすかったかどうかはわかりませんが、いかがですか?

安部:

最初から細かく数値目標があるとプレッシャーになってしまうので、それがないのはありがたかったです。杉浦さんが何をするかは任せてくださったので、私も楠さんもそれぞれが自分のできることを考え、能動的に動くことができました。

もちろん、個々が勝手に動いているのではなく、週1回のオンラインミーティングでいろいろお話しして、認識を合わせていました。リアルにお会いしたのは1年後でしたが、みりんの話だけでなく、それぞれの近況なども話すことで、お互いの人となりもつかめていました。だから、皆が同じ目標に向かって力を発揮できたのではないかと思っています。

共感と熱意が、良い出会いを生む

杉山:

締めくくりに、この記事を読んでいる方にメッセージをお願いできますか。

安部:

私は、受け身ではなく、自分が何をすべきかを考えて積極的に関わっていくことで、楽しく働くことができました。ただ、それができたのは、杉浦さんが私たちの提案を柔軟に受け止めて「やっていいよ」と言ってくださったからこそだと思うのです。そんなスタンスの受け入れ企業を探すようにすれば、良い経験ができるのではないかと思います。

杉浦:

まだ副業・兼業人材を受け入れたことのない企業も、頭で考え過ぎずに、まずはやってみることが大事だと思います。専門的なスキルを持っている方はたくさんいらっしゃいます。誰と合うかはわかりませんが、やってみなければわかりません。まずはチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

南田:

皆様、今日はありがとうございました。

ふるさと兼業のキャッチコピーは「共感と熱意から始める」。これは、受け入れ企業と副業・兼業人材が、スキルや条件というより共感や情熱でマッチする関係を生み出したい、という意味合いが込められています。

ある受け入れ企業の経営者さんが、こんなことをおっしゃっていました。「副業・兼業人材を募集して一番良かったのは、優秀な方が来てくださった以上に、自分が課題だと思っていることに共感して、『いいですね、一緒にやりましょう』と言ってくれる仲間に出会えたことだ」と。

地域の中小企業の経営者さんは、何かをしなければならないと思いながらも、その正解が分からず孤軍奮闘している方がたくさんいます。そういった方が求めているのは、正解を教えてくれる人ではなく、正解を一緒に探してくれる人です。

まさに杉浦社長と安部さんはそういう理想的な関係にあるのかな、とお話を伺って感じました。

副業・兼業をしたいけれども、「自分に何ができるかわからない」という方は少なくありませんが、そうした方も熱意を持って、素敵だと思った取り組みに手を挙げてみれば、きっと良い出会いがあるのではないかと思います。ぜひチャレンジしてみてください。

杉山:

本日はありがとうございました!


※さらに「地方副業」「プロボノ」のポイントを詳しく知りたい方は、『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(杉山直隆/著、南田修司/監修、自由国民社)をぜひご覧ください。
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ABOUT ME
杉山 直隆
1975年、東京都生まれ。専修大学法学部在学中に、経済系編集プロダクション・カデナクリエイトでバイトを始め、そのまま1997年に就職。雑誌や書籍、Web、PR誌、社内報などの編集・執筆を、20年ほど手がけた後、2016年5月に、フリーのライター・編集者として独立。2019年2月に(株)オフィス解体新書を設立。『週刊東洋経済』『月刊THE21』『NewsPicks』などで執筆中。二児の父(11歳&8歳)。休日は河川敷(草野球)か体育館(空手)にいます