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「キャリアで重要なのは寄り道と近道のバランス。どちらにもなれるのが地方副業です」『ゆるい職場』古屋星斗氏が登壇。『地方副業リスキリング』第4回セミナーレポート

2024年9月30日に『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(著:杉山直隆 監修:南田修司 自由国民社)の発刊記念対談セミナー第4回がオンラインで開かれました。

本書は、近年注目を集めるようになった「リスキリング」の手段として、地方副業やプロボノ(本業のスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動)をおすすめしている本。地方副業リスキリングの魅力・効果を実例を交えて紹介し、リスキリング効果を最大化するポイントなども解説しています。

ゲストは、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とされ、『ゆるい職場』『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』『「働き手不足1100万人」の衝撃』などの著書のあるリクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏。「寄り道と近道のキャリアデザイン」をテーマに、監修者・南田修司氏と著者・杉山直隆と鼎談をした模様をお送りします。
(構成:東ゆか)

ゲストスピーカーの古屋星斗氏。岐阜県多治見市出身。一橋大学大学院社会学研究科 総合社会科学専攻修了後、経済産業省に入省。産業人材育成、投資ファンド創設、福島の復興、避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年からリクルートワークス研究所主任研究員。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか “ゆるい職場”時代の人材育成の科学』(日本経済新聞出版)、『「働き手不足1100万人」の衝撃――2040年の日本が直面する危機と“希望”』(プレジデント社)。11月23日に『会社はあなたを育ててくれない~「機会」と「時間」をつくり出す働きかたのデザイン』(大和書房)が発刊
『地方副業リスキリング』監修者の南田修司氏。NPO法人G-net代表理事であり、地方企業と兼業者・副業者をマッチングする「ふるさと兼業」の代表を務める 
『地方副業リスキリング』著者の杉山直隆。弊サイト「30sta!」の編集長として地方副業やプロボノなどに関する取材・執筆をおこなうだけでなく、自ら体験もしている

選択のタイミングが早くなり、回数が増えた

杉山
今日のテーマは「寄り道と近道のキャリアデザイン」ということで、その話をお伺いできればと思っています。

まずは「今のビジネスパーソンが抱えるキャリアの悩み。その背景にある構造的な問題」について、古屋さんの見解をお聞きしてもよろしいですか?

古屋
僕はよく「選択の回数が増えた」と言っているんですけど、職業人生における選択のタイミングまでのスパンが短くなっちゃっているんですよね。

僕は「5大キャリアイベント」と呼んでいるんですけど、「転職」「体系的な学び直し」「子供の出生」「親御さんの介護」「副業・兼業」。この5つのどれかが起きると、キャリアが大幅に変わらざるを得ないわけです。

この5つに、日本の社会人で29歳までに接触する方の割合はだいたい7割。35歳だったら8割近い、40歳になったらほとんどの人がいずれかに接触しているということなんですよね。

かつてはそんなことはなくて、人間のキャリアは、リンダ・グラットンが『ライフ・シフト』で述べているように、「教育→仕事→引退」という「3ステージ人生」が標準的でした。多くの方は、転職のタイミングはもっと人生の後半に来ていたし、日本企業は昇進や定年のタイミングがみんな一律で、結構後半にありました。

しかも今では選択のタイミングがだいたいいつ来るか分からないし、その回数が多く、しかも早くなっている。20代のうちにあるかもしれないし、今から3年後、4年後5年後までにあるかもしれない。だから焦ったり、まわりと比べたりということが起きる。そういった状況が背景にあると感じますよね。

それと、日本の転職希望者数が昨年、初めて1000万人を超えました。

これ、実は結構エポックメイキングなことで、その中で一番転職希望者の割合が増えた年齢層は、実は若者ではありません。45歳から54歳の方々なんです。この層が増えたことが、転職希望者が激増したことのメインファクターなんですよね。

45歳から54歳の転職希望の割合はここ5年で、1.5倍ぐらいに増えています。12%から18%ぐらいに上昇していて、20代だけじゃなくて、30代、もしかして40代以降も人生におけるさまざまな選択がある。そんな時代になっているという大きな変化があります。

杉山
早い段階から悩み始めて、その悩みがずっと続くということですね。

古屋
そういうことになります。

今まで悩まなくてよかったのは、会社が考えてくれたからですよね。適当に玉突き人事とかね。特に、大手企業さんがそうですよね。

それまでも、会社に対して愚痴や不満はたくさんあったでしょうね。例えばいきなり単身赴任になったとか、変な会社に出向になったとか。でも、別に焦りや不安は無かったわけです。

今は逆になっているというということです。自分で決められるけど、それが焦りや不安を生んでいる。

どっちがいいかというということですね。

杉山
私は今、49歳なんですけど、「45歳から54歳で転職希望者が激増した」という話が、すごくわかるというか。同年代との飲み会ではだいたい「俺この後どうしよう」みたいな話になります。転職しなさそうだと思っていた人も、早期退職しようか悩んでいたりしますね。

古屋
そうなんですよね。今の時代、増えているんですよね。

社会全体の働き手が枯渇してきている

古屋
よく、転職が普通になったといわれますが、何が普通になったかというと、「賃金を下げずに転職できるようになった」ということなんですよ。

統計的にも、5年ぐらい前までは転職すると賃金が結構下がっていたんです。つまり、出世争いで負けた人が転職するという状況があったわけですけど、今はそうじゃなくなっているんですよね。今は若手だけじゃなくて、40代でも転職して年収が10%以上上がった人が実は4割超えているんですよね。

杉山
そうなんですか。

古屋
転職して年収が10%以上下がった人は30%ぐらいで、7割以上の人は40代でも転職で年収が上がったか、もしくは変わらないんです。そんな状況になってきたので、やっぱり50歳前後ぐらいでも普通に転職しているということですよね。

杉山
それは、働き手不足の問題もあって、40代や50代を活用しようというところがある? 

古屋
たしかに、バス会社は70代でも平気で働いていますからね。この前、お話ししたドライバーさんは72歳でしたよ。

「ふるさと兼業」のような地方副業のマッチングサービスが出てきた背景には、社会全体の働き手が枯渇してきていて、もっと広い年齢の人に活躍してほしいという会社さんが増えてきていることがありますよね。

「トータルリワード」を求めて副業・兼業をする人たち

南田
そういう意味でいうと、弊社の「ふるさと兼業」には、労働供給の課題みたいな話がある一方で、自己実現やキャリア自律の話の両側面があるというのを、結構強く感じているんですよね。

単純に一人当たりの生産性をいかに最大化するのかという議論かと思いきや、かたや副業・兼業で飛び込んでくる皆さんを見ているとキャリア自律意識が高まっていたり、もしくは自分でキャリアをコントロールしている実感値が高まっていたりということがある。自己実現にも副業・兼業がつながっているのかなと感じますね。

古屋
そうですよね。

だから「トータルリワード」ですよね。お金だけじゃなくて、成長機会をゲットすることや、やりがいを感じて気持ちよくなること、誰かに貢献できること、楽しさ。副業・兼業は普通に働いているだけでは得られないトータルリワードをゲットできる空間なんでしょうね。

杉山
地方副業やプロボノをする人が増えたのは、そういったトータルリワードを考えながらどう働くかを考えるようになった人が増えたということなんですかね。

南田
あとは、副業という選択肢によって、起業する人の起業パターンが広がったと思うことはありますね。

脱サラを考えていたけど、試しながら副業のままで関わり続けようと判断する人もいれば、試していく中でどんどんシェアが大きくなってきて本格的に起業されるような、そういうケースがめっちゃ増えたなと周りの話を聞いていても思います.

古屋
同感ですね。

だから脱サラってやっぱり無茶しすぎですよね。そんな無理しなくていいよって。

脱サラしてラーメン屋やりますとか本当はやめといた方がいいよと思います。本気なのであれば、ラーメン屋で平日の夜に修行しながら、昼間はサラリーマンもすればいいですよね。それで「ラーメンはやっぱり無理だ」って気づくかもしれないし。

南田
それこそ、タイミーさんは先日上場もされましたけど、古屋さんが、先日上場されたタイミーさんを社会人インターンシップのような気持ちで使っている人がいるという話をされていましたよね。

古屋
全員がそうじゃないと思いますけど、タイミーの利用者には一部そういう人もいるらしいですね。

努力の「場所」が変わってきた

南田
古屋さんは書籍の中でも、「労働力不足を副業・兼業で補おう」というテーマに折に触れられている一方で、キャリア開発やキャリア自律という観点から見た外部経験というテーマの両面で研究を深められている感じがします。

実際研究を行ってどういう変遷があったのかをぜひお聞きしてみたいです。

古屋
すごくざっくり言うと、努力の場所が変わってきたということだと思うんですよね。

今までは職場で努力していたのが、家でというか、仕事が終わった後の時間で努力するようになったというのが、ここ5年くらいの日本のビジネスパーソンのキャリアにおける最大の変化だと思うんですよね。

職場でOJTで鍛えられるとか、残業をめちゃくちゃして土日や深夜に働くとか、そういう努力の仕方だったのが、職場から早く帰って、その後の活動をすることで差がつくようになった。

その活動の一つが、この「ふるさと兼業」のような副業・兼業だと僕は思っているんですよね。越境者側にとっては実践的な学び直しの場やキャリアアップの第一歩として使われている。一方で、受け入れ側には「誰かに助けてほしい」という、労働市場における働き手不足という問題がある。副業・兼業者と受け入れ側のニーズが合致して、急速に認知されてきている気がします。

特に地域での副業・兼業がそうじゃないですか。量的にも足りてないし、もっというと質的にも全然足りてないわけですよね。To Cのマーケティングをする人とかは、すごく人気あると思うんです。だってその地域にいないから。大きく見ればある種、企業さんの採用戦略でもあるんですよね。

副業・兼業をすると、会社をやめてしまうのか?

南田
他方で、古屋さんが結構前に書かれていた記事だと思うんですけど、職場や社外で努力したり経験を積んだりする人が、会社に対してエンゲージメントが高まったという話をされているじゃないですか。会社の外に出たからみんな辞めたくなるかというと、必ずしもはそういうわけではないという話をされていたと思うんですけど。社外での経験と本業はどういうふうに影響しあっていくものなのでしょうか?

古屋
確かに企業の経営者さんは「従業員が副業・兼業をしたら会社をやめちゃうんじゃないか」と言うんですよ。

あと、すごく面白いなと思ったのが、研修プログラムを作る場に僕がアドバイザーとして入っていたときに、経営者や人事の方が、「あまり研修コンテンツのクオリティが高すぎると会社を辞められちゃうから、もっとクオリティを低くしてくれ」みたいなことを言っていたのを聞いたことがあって(笑)。びっくりして、爆笑しちゃって。知り合いの社長だったから、「大丈夫ですか?」って聞いちゃいましたよ。つまりそれって「やめさせないために育てない」みたいな発想じゃないですか、「いや、それ本気で言っていますか」って思っちゃった(笑)。

でも結構これってありがちな発想じゃないですか。要するに育つと辞めちゃう。副業・兼業などで越境したりすると、良い経験がありすぎて辞めちゃうんじゃないかみたいな。

そこで、僕が申し上げているのは、「外に出ていなくても辞めますよ」と。今、29歳以下の人は、47%が1回以上の転職経験があるわけですよ。もとより、さっき言った通り、40、50代でも普通に辞められる時代になっていますからほっといても辞めちゃうわけですよ。

ですけど、外を見せると「やっぱりうちの方が面白いかも」みたいに比べて、転職率が下がるケースもあるんですよね。なのに、もう笑っちゃうような昔の常識で物事を考えている(笑)

南田
育ってしまったらキャリア選択肢が広がって、うちの会社よりも良い会社に行っちゃうんじゃないかという声は、地域の中でも結構挙がっていますね。

古屋
ありますよね。でも、放っていても外を見せなくても、辞めますから。

それでも外部を見せることをした方が、多少残りますね。やりたいけど、どうしようかなと迷っている人が「やっぱりうちのほうがいいや」って思い直す。

複数のハイパーメンバーシップ企業に、関係人材として参加する

南田
それこそ岐阜県関市の企業のお話をお伺いしていて、すごい面白いことになっていることがあって。

ものづくりの会社さんなんですけど、5年ぐらい前から副業を導入して、社長付きで新しいことやってみようという取り組みを始めたんです。5年経ってみると外部の人が会社に関わっていることが当たり前になって、最初は「社長がやっている」「経営者がやっている」と言っていただけだったのに、だんだん現場も「うちでもできるんじゃないか」と言い始めて、気がついたら現場の製造担当の約半分は超時短勤務のスタッフさんに変わっていたんです。またインターンシップ生や社員として働いていた人も、終了後や退職後でも業務委託で残るという事例も出ているようです。だから辞めるとか辞めないとか、そういう話ではなくなってくるんだという話をしていましたね。

古屋
僕はそういう組織戦略を「ハイパーメンバーシップ」と呼んでいます。メンバーシップを感じる人が社員以外にいる組織のことなんですけど、これは相当強いですよ。今後、中小企業さんの採用戦略はこれしかないですよね。

ハイパーメンバーシップはファンコミュニティの発想から来ていて、組織戦略に応用したものなので、一人が何社とも関係を持てるわけですよ。「会社の仕事、めちゃくちゃ面白いじゃん」「社長さんめっちゃ面白いじゃん」といって入れる。そういう人材を僕は「関係人材」と呼んでいるんですけど、こういうハイパーメンバーシップ型組織にいくつも入っておくと、人生楽しくなりますよね。僕はこれをまずおすすめします。

だから副業・兼業することの目的は、キャリアをゲットするとか、月3万円の報酬をゲットするということも大事なんですけど、それだけじゃなくて、最上のリワードは、その組織の関係人材になれることなんですよね。

このことが、人生にとってすごく価値があるんじゃないかと。ある種の推し活というか。

副業・兼業は僕もいろんなところでやっています。もちろん仕事なので、成果をしっかり出す必要があるのですが、本業と異なるのは、いろいろな会社の関係人材になれることだと思うんですよね。一番の価値はそこにあるんじゃないかと思っていますね。

南田
確かに。

キャリアは寄り道と近道のバランスが必要

杉山
いろいろなところで関係人材になっていくことは、今日のテーマの「寄り道と近道のキャリアデザイン」に関わってきそうですね。

古屋
最近キャリアデザインについて特に感じているのは、キャリア自律的ですごく頑張っている人に共通するのが「近道しすぎじゃないか」ということなんですよね。

寄り道がないときついわけですよ。

クランボルツが「プランド・ハップンスタンス・セオリー(計画的偶発性理論)」という言い方をしているように、基本的にキャリアは、偶発性で相当専門性や希少性が向上することがあります。僕は希少性をすごく重視するんですけど、誰にもできない自分だけの仕事によって時給が上がったり、会社に居場所ができたりといったことが実現するわけですね。

しかし、寄り道がない、キャリア自律的になればなるほど、視野が狭くなってしまって、自分の視界にない経験を無駄だと判断してしまうわけですよね。

逆に日本の企業でありがちなのは、キャリアが寄り道ばっかりということです。例えばローテーションが激しくて、3、4年に1回ローテーションしている大手企業。研修でも、役に立つのかわからないような研修をしている。

そうやって寄り道ばっかりしていると、近道がなくなるじゃないですか。近道がないと間に合わないわけですよ。職業人生の選択のタイミングは早まっていますから、自分が選択を迫られた瞬間に豊かな選択肢を持てなくなってしまうわけですよね。

ですから近道も絶対必要なわけですよね。自分の専門性となる、中核となるものをガンガン鍛えられる職務を本業で行う。それに関係する研修や学び直しをする、その近道も当然必要です。

でも近道だけだとすぐ頭打ちになる。だから、近道と寄り道を組み合わせてバランスを取っていくのが、今の時代においてすごく大事なんじゃないかと思っているというのが、僕が提唱している「寄り道と近道のキャリアデザイン」なんです。

このことは、今度11月に出る本で話しています。

地方副業・兼業が、「寄り道」にも「近道」にもなる理由

古屋
僕は、まさにふるさと兼業のような地方副業・兼業が、「寄り道」にも「近道」にもどっちにもなると思うんですよね。

でもね、「近道だと思って実は寄り道になっていた」というケースもあるかもしれないけど、基本的には近道になっているんじゃないかな。でもそれはすごく大事で。会社だけで近道をしっかりゲットできない時代になっていますから。もしかして本業の会社では寄り道側のキャリアパスになっているかもしれませんよね。特に大手企業さんだと。だから自分でふるさと兼業をつかって近道をビシッと引くというということが、めちゃくちゃ素敵な手段になっているんじゃないかなと思うんですよね。

杉山
「寄り道と近道」の話。すごく面白いなと思うんですけど、南田さんはどう思われますか?

南田
過去の皆さんのチャレンジを思い浮かべながら、なるほどと思って聞いていました。確かに寄り道にも近道にもなり得ますね。

例えば、僕がふるさと兼業を始めたのは、古屋さんと同じリクルート系で働かれていた青森出身の女性に出会ったことが大きなきっかけでした。いつか地元に帰りたいと思いながらも、地元の情報に全然出会えなくてずっとモヤモヤしているというお話を聞いて、彼女のためにできるサービスはないだろうかと考えたのがふるさと兼業でした。

ふるさと兼業が立ち上がるとすぐに、地元にエントリーしてくださって、1年後に移住されました。きっと、東京からは見えなかった地元の仕事や人などの情報や、自分には何ができるかといったことが、副業・兼業的に関わったことで見えてきたから、戻ることができたのだと思います。だからふるさと兼業はある意味近道でもあると古屋さんのお話を聞きながら思っていました。

もう一つが、本書に登場されている、大手企業にお勤めで酒蔵で副業をした方は、副業は本業と全く関係ないことを好きにしていたら、いつの間にか会社でも評価されるようになったことをお話しされていました。

本業のメーカーと酒蔵は全く関係ない寄り道だけど、社内の評価が上がったことで結果的に近道になった面もあったことを思い出していました。

自分に足りていないのは、「寄り道」か「近道」か

古屋
自分に足りていないのは寄り道と近道どちらなのか考えることが大事なんですよね。

僕自身もやっぱり近道型にどうしてもなっちゃうんですよね。研究者ですから研究に役に立つことを勉強しようとなりがちですが、良いアイデアが生まれる瞬間は全く関係のないことをしていた時間だったりもします。

それに研究のことばかりしていても、頭打ちになってしまうというか、行き詰まってしまいます。

南田
同じような話で、東京の起業の経営企画のトップの方々が、奄美大島の稲作やシーカヤックの現場に入ったところ、ビジネスモデルが成り立たなくてスケールするイメージがわからない現場だったのですが、何年も続けられた結果、新しく生まれてきたこともあって、そこに気づきがあったそうです。

多くの大手企業さんは、新規事業を打ち立てて、ビジネスモデルをどう作るかということに執着しがちですが、奄美大島で出会った人たちが、そういう視点ではなく「意地でもやる」という姿勢から結果を出し始めているのを見たときに、自分の抜け落ちていた感覚に気づかれたそうで、部下たちから「人が変わりました」といわれたそうです。

古屋
寄り道で得られるのは「希少性」なんですよね。

100分の1の経験を2つすれば1万人に一人、3つすれば100万人に1人になれると藤原和博さんがおっしゃいましたが、近道は習熟型の技能獲得となり、この掛け算は起こせないですからね。ふるさと兼業のような地方副業のバリューは希少性を得られるということですよね。

寄り道のネタは、日常のなかでボソッと話されている

杉山
プランド・ハップンスタンスの話がありましたが、寄り道は計画的に難しいところがあると思うんです。どういう風に寄り道をしていけばいいのでしょうか?

古屋
「闇鍋」ですね。

例えば、行き先のわからない旅行があるじゃないですか?

杉山
ミステリーツアーですか。

古屋
そうです。結構人気ありますよね。

ああいう感じで、地方副業・兼業をするにしても行き先がわからないみたいな。そういうのがあると学習効果が高まったりするのかもしれませんね。もちろんずっとその企業に行く必要はないかもしれませんが、ランダムにやってみるといい。

南田
そういう意味では「巻き込まれ力」がすごく大事なんだろうなと思います。

意外と、地域の困り事や、「こういうことをやりたい」という話をボソっとしていると思うんですよ。「ふるさと兼業」はそれを形にして見えるようにしているわけですが、これを利用しなくても、日常の中でボソッと言ったことに巻き込まれることもあると思うんですよ。できるかできないかではなくて、巻き込まれてから考えてみるみたいなことです。

僕は今、能登の和倉温泉の復興に関わっているんですが、きっかけは旅館の若旦那さんがこの大変な状況を少しでもなんとかしようとされていて、それに感動したからなんですね。「この人かっこいいな」って。だから、少しの時間しか協力できないけどお手伝いしている。そうやって、自分の心の琴線に触れたら手を上げてみる。

G-netの創業者秋元さんが昔、「三種の人技」ということを言っていました。

一つ目は「自分がやるんだ」と挙手すること、二つ目が「私も一緒にやります」と握手すること、三つ目に「やりたい」と言った人を応援する拍手なんだと。挙手、握手、拍手というのはチャレンジする上ですごく大事だと思います。

古屋
まったくですね。

杉山
そういう心がけをすると、アンテナが立って、いろいろなチャンスが見つかりそうですよね。南田さんの和倉温泉のような話みたいに、実は身近にあるというか。

南田
そういう人のところに自然と情報と相談が集まってくるようになるんだと思います。

古屋
結構寄り道している人は寄り道ばかりしているし、近道ばかりしている人は近道ばかりしているんじゃないかと思います。だから、自分はめちゃくちゃバランス悪いかもと気づくだけでも、結構差があると思いますけどね。キャリア自律論はめちゃくちゃ近道的なんで、ややバランスが悪いんですよね。

「自分で手を挙げていない人」が一番得をしている

古屋
南田さんもおっしゃっていましたけど、僕は、キャリア自律だからこそ、自律から始めないということだと思うんですよね。他人に誘われたからとか、友人に言われたから来ましたとか、本当にそうなんですよ。

僕は今、大阪商工会議所さんで「キャリアデザイン塾」の塾長をやっていますけど、この前2期生が修了して、終了後のアンケートを見たら、「会社から指示されてきましたが」みたいな書き出しで長文の感想を書いている人が何人もいるわけですよ。いやー、本当にこういうことだなと思ってね。そういう方々が一番得していますよね。

その場に来たくて来た人はいずれは同様の機会に出会ったと思うんですけど、会社に言われてきたという方はこの機会でなければ、一生来なかったかもしれないわけですからね。超得していますよね。

だから、ふるさと兼業の企業研修版である「シェアプロ」を見たら結構相当パワーのあるプログラムで、強制性が結構効くんじゃないかなと思っているんですよね。実際、シェアプロに強制的に行かせる会社はあるんですか? お前行ってこいみたいな感じで。

南田
ありますね。

古屋
すごいですね。得していますよね。

そういう方はあまりうまくいかないケースもあると思うんですけど、すごく変わったよ、みたいなこともありますか?

南田
あります。

会社に言われたから来たという方が、「最近めっちゃ変わった」という連絡を、上司の方からいただいたことがあって。「どういうことですか」と聞いたら、仕事に対して消極的だったのが、最近、やたらめったら声をかけてきて、いろいろとコミュニケーションが取れるようになったそうなんです。

「お前なんで最近そんなに変わったの? どうしてプロボノをそんなに頑張っていたの?」と聞いたら「部長、僕がやっているのは研修ではなくて、人の命に関わる大事な仕事なんです。手なんて抜けるわけがない」と答えたというんです。そうやって頑張っているのを見て、これまでそのポテンシャルに気づけていなかったという反省をすごくされたそうです。

古屋
素晴らしいですね。

南田
確かに「言って来い」と言われて来ていている人は、最初は若干斜めに見ちゃったりすることもあるんですけど。目の前で本気で頑張っている人たちと一緒に過ごしていると、否が応でも巻き込まれちゃって、だんだん自分ごとに変わっていくというんですかね。

やはり、自分ごと化していくのはすごく大きなテーマだろうなと。街や産業や、受け入れ先の地域の人たちが友人や知人のような関係になってきて、私の大切な仲間になっていくと、他の地域のできごとではなくて、自分のことになっていく。そうすると、何が仕事で何が仕事じゃないかって曖昧になってきますよね。

古屋
まったくですね。

杉山
この「自分ごと」というお話は、以前のセミナーでも話がありましたが、やる気があって来た人だけがそうなるわけじゃなくて、誰がそうなるかわかんないんだな、と思いましたね。

古屋
本当に自分で手を挙げて来なかった人が、一番得していますね。この空間にいる中でも、一番得しているのは「この場に来たいと思っていなかった方」ですよね。

南田
でも、考えてみれば、自分が夢中になるとか、本気になるとかって、コントロールできることばかりではないじゃないですか。だから、例えば誰かを好きになるみたいな感覚も、好みとか好みじゃないとかありますけど、好きになるのは必ずしも好みだからというとそうでもないし、自分ではコントロールできない感情だったり気持ちだったりというのが本来すごく影響している。でも、日常で仕事と切り分けていくと、そういったものをそぎ落としてやるみたいな日々になりがちなんですよね。

でも、実際いろんなことやっていると、そぎ落とされないことが意外とたくさんあって、そういうものが地域にはたくさん転がっているというのが面白いところかもしれないなと思うんです。

地方副業にはいろいろな興味が集まってくる

杉山
今日いろいろとお話をお伺いしてきましたが、古屋さんから締めの一言をいただいてもよろしいですか?

古屋
興味があるなら、ぜひ南田さんにご連絡を(笑)

ふるさと兼業のような地方副業・兼業には、いろいろな興味の形がありますよね。

自分がやりたいという興味があれば、受け入れたい側の企業さんにも興味がありますし、関心があるから研究したいという研究者もいる。いろんな興味が集まっていますよね。そういう意味では楽しいですよね。

南田
楽しいですよね。

ふるさと兼業をする方を兼者さんと呼んでいるんですけど、兼者さんも受け入れ先も我々のようなつなぎ役も一緒になって何かをやりたいと思っているわけじゃないですか。この課題を解決したい、この願いを実現したいという。さっきのハイパーメンバーシップじゃないですけど、何かを実現するチームがその都度組成されて、「やるぞー。この指止まれ」と言って、「やります」と集まったものがたくさん生まれてくるわけですよね。

一見、どこかに所属するとかしないとか、移住するとかしないとか、行ったら帰ってこれないみたいな、こういう切り分けがあるような気がするけれど、実は全然ない。思ったよりないので、ぜひ、何かご一緒できる人がいるといいかなと思います。

杉山
あと、私は「闇鍋」が、めっちゃ面白いと思いました(笑)

南田
「ふるさと兼業ミステリープラン」とかね、勝手にマッチングさせて(笑)

古屋
サジェスト型は結構ニーズがあるかもしれませんよね。一旦面談をしてみて、こちらからサジェストするプランの方がいいという方がいるかもしれませんよね。

南田
ある種コンシェルジュ型みたいな感じ。ちょっと大変さがすごそうだけど(笑)、いいですね。それ。

杉山
古屋さん、今日はありがとうございました!


※古屋星斗氏の新刊、『会社はあなたを育ててくれない~「機会」と「時間」をつくり出す働きかたのデザイン』(大和書房)が2024年11月23日に発刊されます。今回のセミナーでも言及された「寄り道と近道のキャリアデザイン」について詳しく書かれています。さらに深く知りたい方はどうぞ!
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東ゆか
長野県出身。武蔵野音楽大学声楽科卒業。大学卒業後、音楽活動の傍ら書店など数々の職場を経て 2020年からライターとして活動開始。現在、ピアノ専門誌でライター、編集を勤める他、アニメ 、マンガ紹介、ライフスタイルなど他ジャンルで執筆中。趣味は絵画鑑賞。フランスが大好き。