イベント

【レポート】石山恒貴教授と『地方副業リスキリング』監修者&著者が対談。越境学習の観点から見た、地方副業・兼業・プロボノの意義とは?

2024年8月5日に『オンリーワンのキャリアを手に入れる地方副業リスキリング』(著:杉山直隆 監修:南田修司 自由国民社)の発刊記念対談セミナー第1回がオンラインで開かれました。

本書は、近年注目を集めるようになった「リスキリング」の手段として、地方副業やプロボノ(本業のスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動)をおすすめしている本。地方副業リスキリングの魅力・効果を実例を交えて紹介し、リスキリング効果を最大化するポイントなども解説しています。

セミナーの第1回は、日本の越境学習研究の第一人者である法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授をゲストに迎え、「越境学習入門×地方副業リスキリング」をテーマに、監修者の南田修司氏と著者の杉山直隆の3人との対談が行われました。その模様をダイジェストでまとめました。
(構成:東ゆか)

ゲストスピーカーの法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏。日本の越境学習研究の第一人者であり、『越境学習入門』をはじめ多数の著書を上梓している
『地方副業リスキリング』監修者の南田修司氏。NPO法人G-net代表理事であり、地方企業と兼業者・副業者をマッチングする「ふるさと兼業」の代表を務める 
『地方副業リスキリング』著者の杉山直隆。弊サイト「30sta!」の編集長として地方副業やプロボノなどに関する取材・執筆をおこなうだけでなく、自ら体験もしている

「越境学習」とは「ホーム」と「アウェイ」を行き来して刺激を得る

杉山
まずは「越境学習」とは何か、改めて石山先生にお伺いしてもよろしいですか。

石山
「越境学習」の定義を一言でいうと、「ホーム」と「アウェイ」を行き来して刺激を受けることです。

「ホーム」とは、知り合いがいて社内用語も通じるような場所。安心できますが刺激がない場所でもあります。

一方で「アウェイ」は見知らぬ人たちがいて、普段使っている社内用語も通じない、居心地は悪いけれど刺激がある場所です。

社外の環境がすべてアウェイというわけではなく、自分がどう思うかでホームかアウェイかが決まります。

この両方を行ったり来たりすることで刺激を受け、固定概念から抜け出して新しい発想を得ることを越境学習と呼んでいます。

石山
『地方副業リスキリング』で語られている地方副業やプロボノの場は、アウェイになりやすい場所といえるでしょう。

副業で関わる地方企業は、刺激を受けられる場としてだけなく、“手触り感”のある地域課題・社会課題に取り組める場所でもあります。大企業と比べると組織の規模が小さいぶん、実際に現場が変わっていく様子が間近でわかりますし、いろいろな人から直接フィードバックをもらうこともできる。だから、学びが起こりやすいという価値があります。

「ひとり多様性」が身につき、新たな自分を発見できる

杉山
越境学習の観点から見た、地方副業・兼業・プロボノで得られる学びについて、深堀りしていきたいと思います。どのような学びが得られるのか、お二人はどのようにお考えですか。

南田
ひとつは、東京を離れ全く違う環境に身を置くことで、日頃の自分を俯瞰できることだと思います。

先日、品川で働かれている方々を奄美大島にお連れして、シーカヤックでマングローブの原生林に入り、現地の起業家と共に自然の生態系や持続可能な観光等をテーマとした越境研修を行いました。最終日に参加者の皆さんが「品川と同じ時間が流れているとは思えない。私たちは一体東京で何に追われているのだろう」とお話しされていたことが印象的でした。

石山
越境学習の大きな意義は「ひとり多様性」が身につくこと。南田さんのお話はまさにそれですね。

ひとり多様性とは、一人の人間が多様な視点や役割を持つことです。たとえば副業や趣味のサークル活動をすると、本業の自分だけでなく、副業の自分やサークル活動の自分を持てるようになります。

すると多様な視点から自分や周囲を俯瞰できるようになります。仕事においても、今までは目の前の仕事や上司のことしか見えていなかった人でも、その奥にいるお客様や目立たないところで貢献している人が見えるようになるのです。

南田
地方副業やプロボノのような越境体験をすると、地方の課題や視点が他人事から自分事に変わり、問題意識を持てるようにもなります。

奄美大島の越境研修に参加された方が、「地方に来ていろいろな人たちと出会うと、皆さんそれぞれ自分以外の守りたいものがあることに気づかされた。普段は自分の暮らしを守ることが中心にあると感じるけれど、奄美大島では自分の暮らしだけでなく、奄美の空気、自然、生態系などさまざまなことを守りたいと多くの方が考えていた」とおっしゃっていました。参加後にこういう感想を伺うことは多いですね。

杉山
新たな自分を発見することにもつながりそうですね。

南田
そうですね。以前、ずっと開発系のお仕事をされていたミドルシニアの方が地方副業で初めて営業を経験したことがきっかけで、「営業が好きだ」と目覚め、営業部門に異動されたそうです。地方副業での発見が、新しいキャリアにつながりました。

また、越境体験をすることで精神的にも大きく成長した、という話もよく聞かれます。これは上司の方からご報告をいただいたのですが、研修に送り出した社員が研修の一環で地域と関わり始めたところ、とても積極的になったそうです。変貌ぶりに驚いて「なぜそんなに熱心なんだ?」と聞いたところ、「これは研修ではなく、人の命を左右するかもしれない大事なプロジェクトなんです」と答えが返ってきたそうです。まだまだ引き出せていない、秘めたるポテンシャルをもっていたことに気づいた、とおっしゃっていました。

越境体験をした人は、ホームにも良い影響をもたらす

石山
もう一つのポイントは、地方副業などの越境体験によってひとり多様性をもった人が組織内にいればいるほど、ホームにも良い影響を及ぼすことです。

より多角的な視点をもった組織が生まれますし、越境した本人が変化することで、周りの人の考え方や視点も変化します。

南田
研修に送り出した部署の上司の方には、「部下の積極的な姿勢やエネルギーを引き出せていなかった自分が恥ずかしい。良い経験をさせてもらえた」とおっしゃる方もいました。別の企業の方からは、「部下だけでなく、上司も一緒に越境体験をやるべき」という声もいただいています。

杉山
そうした効果を狙って、最近は企業が地方副業やプロボノを研修プログラムとして導入する事例も増えてきていますね。

サードプレイスが周りにたくさんあることに気づける

杉山
地方副業やプロボノをすると、サードプレイスを見つけられるのも魅力の一つだと思いますが、いかがでしょうか。私自身、岩手県釜石市、長野県塩尻市で地方副業を経験したところ、一つの地域への参加をきっかけに新たな団体や活動に出会い、活動の幅がより広がったという実感があります。今では、ワイン畑を育てるプロジェクトに参加していて、もう3年目になります。地方副業をしなければ、こんなサードプレイスと出会えていなかったでしょう。

南田
プロボノをきっかけに、サードプレイスを自ら作り出した例もあります。大企業にお勤めでベッドタウンに住んでいる方が、地元地域との関わり合いを求めてプロボノに挑戦しました。なんらかの手応えや気づきを得られたのか、今はその地域でNPOを立ち上げ子どもたちの教育プログラムやまちづくり企画を主催されています。何かを達成した自信がつき、その経験から主体性が高まったからなのか、職場での評価も上がったとおっしゃっていました。

石山
地方副業やプロボノなどを体験したことで、普段自分が住んでいる地元にもサードプレイスのような場がたくさんあることにも気づきやすくなります。私が住んでいる川崎市にも面白い団体がいろいろあります。こういう活動にも積極的に参加することで、地元感が出てきて、新たな幸せを手にする人もいますね。

大切なのは「互いに学び合う姿勢」

杉山
地方副業・プロボノに参加するにあたっての心構え、注意点があれば、教えてください。

石山
地方副業やプロボノをするからには、自分ごととしてアウェイの人になりきってもらいたいですね。現地の人になりきるから共感が生まれ、ホームでは感じられていない価値観を体験できて、視野も広がります。

東京の大企業で働いているアイデンティティのままで、現地のアイデンティティをもたずに、自分ごとという観点を持てないと、越境の効果は低くなります。。そうなると受け入れ先の経営者としか話さず、企画書だけを置いていくという良くないパターンに陥ります。上から目線で都会的な解決策だけを提示して、地方はただ負担が増えて困ってしまいます。

重要なのは現場の一員になって小さな課題でもいいので解決を目指して話し合い、互いに学ぼうという姿勢です。そうした姿勢でいることで、活動が楽しいものになるはずです。

南田
双方向での学びが大事ですね。越境研修を企画した人事の方に「困っている地域を自社のアセットを活用して助けてあげるという取り組みだと勘違いしていた」と言われたことがあります。受け入れ企業の方とお話ししてみて、地域の方々は助けを求めているわけではない。すでに戦い続けてるし、逆境を跳ね返しているという現状に気づきました、と。そういう方たちと肩を並べて挑戦する機会であり、仲間になってプロジェクトに挑むことにやりがいを感じる、とおっしゃっていました。

石山
そういった話はとてもよく聞きますね。助けてあげるような気持ちで行ったら、地域の方がものすごくリーダーシップを発揮していたり、新しいことにチャレンジしていたりしたので、自分自身のほうこそ学ぶことが多かった。そういった衝撃に目を背けてしまうと越境学習の意義がなくなってしまいます。そこから学ぼうと思える人は良い経験を積めると思いますね。

一方で地域の方にとって「あの人が来てくれたから会社がガラッと変わった」というような幸福な出会いもあります。越境学習とは学び合いなのだなと感じます。

南田
そのとおりです。大企業の知見が役立つことは大いにあると思います。お互いに学び合える状況になるかがとても重要ですね。

もう一つ知っておいてほしいのは、受け入れ側が必ずしも受け入れにあたって準備万端というわけではないということです。伸びるタイミングにある企業もあれば、苦しい状況で戦っている企業もあります。そうして必死で頑張っている企業と、自分も一緒に頑張っていこう、という心づもりでいるのが良いと思います。

リモートでもスキマ時間でも十分貢献できる

杉山
結びに、これから地方副業やプロボノを始めたいと考えている方へのメッセージをいただけますでしょうか。

南田
地方副業は移住や転職が絶対条件だと思われるかもしれませんが、リモートやスキマ時間でも十分貢献できることがあります。僕も今まさに会社の代表をしながら空いた時間を活用して新しい大学の設立や能登の復興支援に取り組んでいて、限られた時間の中でも力になれる、できることがあるんだという充実感を得られています。


石山
自分の人生のすべてを捧げて燃え尽きるまでやらなきゃいけない、とは思わなくていいんです。私の大学のゼミ生も震災復興プロジェクトに参加している人がいますが、スキマ時間にできることをやっています。それでもやらないよりは良いと思うし、小さな貢献だったとしても、自分もできるという実感や自信を得られるはずです。

南田
地方副業やプロボノで貢献するには専門性が必要と思うかもしれませんが、ご自身の専門性を持ち込むと考えるのではなく、自分のさまざまなスキルや知識が役立ててば、というスタンスの方がプロジェクトを前進させられる傾向があります。だから、専門性がないからとあきらめることはないと思っています。

杉山
今までの仕事で培ったファシリテーションや議事録取りなどのスキル、あるいはムードメーカーのような役割を含めて、いろいろな関わり方や貢献の仕方があります。自分の持ち味を生かすことで、実りのある地方副業・兼業プログラムになることでしょう。石山先生、南田さん、本日はありがとうございました。


※越境学習やサードプレイスについてさらに詳しく知りたいという方は、石山恒貴先生の著書『越境学習入門』(共著。日本能率協会マネジメントセンター)や、2024年9月15日発売予定の新刊『ゆるい場をつくる人々: サードプレイスを生み出す17のストーリー』(編著。学芸出版社)をぜひご覧ください。
・越境学習入門
https://amzn.to/46Mzykk
・ゆるい場をつくる人々
https://amzn.to/3WQzdJ2


※さらに「地方副業」「プロボノ」のポイントを詳しく知りたい方は、『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(杉山直隆/著、南田修司/監修、自由国民社)をぜひご覧ください。
https://amzn.to/3MFFse4

ABOUT ME
アバター画像
東ゆか
長野県出身。武蔵野音楽大学声楽科卒業。大学卒業後、音楽活動の傍ら書店など数々の職場を経て 2020年からライターとして活動開始。現在、ピアノ専門誌でライター、編集を勤める他、アニメ 、マンガ紹介、ライフスタイルなど他ジャンルで執筆中。趣味は絵画鑑賞。フランスが大好き。