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なぜ多くの人は「リスキリング」に対して戸惑うのか? 人事図書館・吉田洋介館長が登壇。『地方副業リスキリング』第6回セミナーレポート

2024年10月17日に『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(著:杉山直隆 監修:南田修司 自由国民社)の発刊記念対談セミナー第6回がオンラインで開かれました。

ゲストは吉田洋介氏。今年(2024年)4月に東京・人形町にオープンした話題の施設「人事図書館」の館長であり、発起人です。独立前から人材開発・組織開発の仕事に長年たずさわっており、1000人以上の人事と仕事をしてきたといいます。人事図書館でも多くの人事やビジネスパーソンと接しており、双方のリアルな悩みに触れています。

そんな吉田氏から見た、「地方副業・兼業・プロボノ」の意義とは? 本書監修者・南田修司氏と著者・杉山直隆と鼎談をした模様をレポートします。
(構成:杉山直隆)

ゲストスピーカーの吉田洋介氏。人事図書館 館長/発起人。2007年立命館大学大学院政策科学研究科卒業。新卒でリクルートマネジメントソリューションズ入社。組織人事支援として国内外500社以上の採用、人材開発、組織開発、人事制度等に関わり、支社長・事業責任者等を歴任。2021年に独立し株式会社Trustyyleを設立。2024年4月に人事図書館を開館

『地方副業リスキリング』監修者の南田修司氏。NPO法人G-net代表理事であり、地方企業と兼業者・副業者をマッチングする「ふるさと兼業」の代表を務める

『地方副業リスキリング』著者の杉山直隆。弊サイト「30sta!」の編集長として地方副業やプロボノなどに関する取材・執筆をおこなうだけでなく、自ら体験もしている

人事図書館とはどういう場?

杉山
吉田さん、今日はよろしくお願いいたします。まず、今年4月にオープンしたばかりの人事図書館とはどのような施設なのか、改めてお聞かせください。

吉田
良質な書籍に触れ自ら学びを深め、仲間と共に知恵を磨き合う。そんなことができる会員制のスペースです。

人事やビジネスに関する書籍が2,500冊以上あるので集中して読書もできますし、コワーキングスペースにもなっているので、PCで仕事をしたりオンラインミーティングもできます。

また、スタッフが全員、現役の人事か人事経験者なので、気軽に人事関係の相談もできます。人事の方がちょっと相談したい時に、「人事は全然わからない」となるともったいないので、そういう体制を組んでいます。

もちろん会員同士で雑談していただけますが、独自のルールを決めていて、利用者はお互い匿名で名刺交換も営業活動もNGとしています。人事の方は、社外の場に行くと、多くの人材紹介会社の方から名刺交換をし、翌日10件ぐらい電話がかかってくるみたいなことがあるんですね。これが大変なので、学びに集中するために名刺交換はNGにしています。

杉山
オンラインコミュニティもあるようですね。

吉田
はい、会員同士がSlackで交流でき、質問や相談もしていただけます。たとえば「EX(従業員エクスペリエンス)を、もっと深めたい」などと投稿すると、誰かがめちゃめちゃ長文で答えてくれたり、「労働保険料の計算がわからない」と投稿すれば、厚労省に確認してくれたり、ととてもホスピタリティにあふれた方々が力になってくれていて、すごく温かい場所ができています。

その他、月に15~20回ほど、対面かオンラインでイベントを開催しています。

我々がやりたいことは、もやもやを抱えた人が、人事図書館を利用すると、ピコーンと解決できるようなことです。「何から調べたらいいかな」「事例はあるのかな」と悩んでいるところで、「こういったところが分かった」「こんなやり方があるんだ。それならこう進めよう」みたいなことを感じていただける場を作っていきたいと思って運営しています。

杉山
なぜこのような場所を作ろうと考えたのですか?

吉田 
今日、人事が扱う領域は、採用や人事制度、労務のような普遍的なことの他、人的資本経営や健康経営など、新しいテーマがどんどん出てきています。少なくとも起業の一般的な人事体制では対応に限界が来ています。そこで人事の共創が必要ではないか、みんなで知恵を寄せ合ってやっていければ良いな、と考えました。

そこで考えたのが、人事の図書館です。言うだけならタダなので、そんな図書館を作りたいとSNSに勢いよく投げてみたら、当時はフォロワー数が300人ぐらいだったのに、フォロワーではなかった方々からも「めっちゃ面白そう」というコメントがいっぱいついたんです。

「一緒に作りたい」と言ってくださる方もたくさんいたので、170人ほどで準備室を立ち上げました。キックオフのイベントをした後に、クラウドファンディングを実施させていただいたところ、472人の方から1,160万円が集まり、それを元手に図書館を立ち上げることができました。

おかげさまで、日経新聞をはじめ、いろいろなメディアに取り上げていただき、メンバーも増えていきました。現在のメンバー数は約550名で、その6割が人事の方です。その他、経営者の方や人事以外の管理職の方、人事のコンサルタントや研修講師の方々、サービスのベンダーの方々も来てくださってます。企業規模はバラバラで、社員数人の企業の方から社員1万人以上の大手企業の方までいらっしゃいます。

杉山
私も一度、人事図書館に行かせていただいたのですが、こんな居心地がいいんだと思いました。もうちょっとカタいところなのかなと最初思ってて。

吉田
ありがとうございます。本当に皆さんのおかげで成り立っていますね。

メンバー体系は通常メンバーとオンラインメンバーの2つがあります。一都三県にお住まいの方は通常メンバーとしてご来館いただきたいのですが、それ以外の地域にお住まいの方からも関わりを持ちたいという声をいただいているので、オンラインメンバーとしてご入会いただけます。「体験利用」という形で、1時間は好きな時間にお越しいただけるので、まずは覗いてみていただけると非常に嬉しいです。

東京・人形町にある人事図書館。月額料金で利用でき、24時間利用可能。詳しくは以下ホームページで。https://hr-library.jp/

実はリスキリングで悩んでいる人は少ない?

杉山
今回のセミナーのテーマは「地方副業・兼業・プロボノ」なのですが、吉田さんはどういうイメージをお持ちですか。

吉田
めちゃめちゃ可能性があると思っています。いろんな人に参加していただきたいと思ってますし、私もまたやりたいですね。

杉山
地方副業のご経験があるんですね。

吉田
何を「地方副業」というのかなんですけれども、もともと札幌出身で、最近まで福岡に住んでいたので、そういうご縁で地域の企業と仕事をしています。あと、長野県も割と縁があるので副業させていただいたことがあります。

杉山
実践者の観点からもぜひお話をお聞かせいただければと思います。

まずお聞きしたいのは、最近リスキリングが盛んに言われていますが、実際、ビジネスパーソンはリスキリングに関してどんな悩みを抱えているのか、ということです。吉田さんはいろいろな方と接するなかで、どう感じていらっしゃいますか?

吉田
確かにリスキリングはメディアでよく取り上げられていて、大企業の人事や経営者も声を上げていますけれども、一個人の方から「リスキリングがすごい大事」とか、「リスキリングをめっちゃしたい」と聞く割合はそんなに高くないんですよね。

どちらかというと、「言われたからやる」みたいなニュアンスになっていることが多いと思っています。

「なんかリスキリングは大事らしいし、した方がいいのはなんとなくわかるんだけど、自分は何を目的に、どういうことをやったらリスキリングになるのか。AIとかDXとかそういうこと?」みたいな感じでしょうか。

このニュアンスがわからないまま、リスキリングの波に飲まれている方が、正直少なくないと感じています。

杉山
リスキリングの波に飲まれている、ですか。

吉田
さらに突き詰めて考えると、そもそも現在の自分がどんなスキルを持っているのか、よくわかっていないという方が多いのだと思うんです。

とくに日本はそうなんですけど、スキルを棚卸しする機会がそんなにないんですよね。する必要がない、というか。

いわゆるジョブ型雇用の職場で働いているのであれば、「あなたのスキルと我々の求めているスキルがどうマッチするのか」という話になるので、棚卸しの機会があるんですが、日本で今も主流であるメンバーシップ型雇用の職場だと、「こういう経験があるのね」と言われても、「ではどんなスキルがあるのか」と問われる機会があんまりないんですよね。

だから、自分の現在地がどこなのか分かっていない。その状態でリスキリングと言われても、「何を“リ”するんですか?」と戸惑ってしまう。ビジネスパーソンとお話をしていると、そんなことをよく感じます。

杉山
転職経験があれば少しはスキルの棚卸しをしているかもしれませんが、ずっと同じ会社で働いていたら必要性を感じませんよね。

吉田
あとは、自分の仕事を大きい塊のまま捉えている傾向もあります。

たとえば「営業をしていたそうだけど、何のスキルがあるの?」と聞かれると、「法人営業していたんですけどね」みたいに答えてしまう……。

法人営業をスキルで分解すると「プレゼンテーション能力」「プロジェクトマネジメント能力」「ロジカルシンキング」「顧客との調整能力」など、めちゃくちゃあるはずなんです。

でも、「法人営業」としかスキルを認知していないと、どんなスキルを持っているのかわからない。そもそもスキルという単位で考えるクセがないのかなとも思います。

みんなリスキリングの前段階で悩んでいる

南田
リスキリングという言葉のイメージよりも、もっと身近な感じの悩みを持っている方が多いのかなというのは、「ふるさと兼業」で副業・兼業をしている方に話を聞いていると感じます。

印象に残っているのは、ある会社員の方の言葉です。

今では定年退職されて自分で会社を設立して活動されているんですけど、7年くらい前は会社勤めをしていて、プロボノなどであちこちの地域にどんどん飛び出されていました。どこに行ってもその方のことを知っている、という状況です。

本業もあるのになんでそこまでやるんですかと聞いたときに、彼がポロッとこんなことを言ったんです。

「僕は会社員としては経験を積み上げてきたけど、社会人として何を積み上げてきたかが分からないんだ」

担当している仕事に対しての自信もあるし、やれると思っているけど、それが社会で役に立つのかわからないし、自分のセカンドキャリアで求められるものなのかも実感できない。「会社員にはなれても、社会人にはいつまで経ってもなれないんだ」とおっしゃっていたんですね。

リスキリングを意識していなくても、そういう感覚を持っている方は結構多いと感じます。

杉山
先ほど、吉田さんから「現在地が分かっていない」という話がありましたけども、スキルだけでなく、「私って何なんだろう」と自分自身の現在地も分からなくなっているということなんですかね。

吉田
これまでは「自分は何なのか」なんて考えなくてもよかったのだと思います。今はすごく価値観が多様化していると言われますけど、いろんな生き方を許容されている分だけ、やっぱり自分で決めていかなければいけないことになっていると思うんですよね。

「自分はどうしたら幸せなのか」「何が自分にとって必要なものなのか」ということを誰も示してくれないので、自分で選択していかないといけない。

ある人はお金があることが幸せだというし、ある人は友達がいるのが幸せだという。ある人は都会にいるのが幸せだというし、ある人は地方にいるのが幸せだという。

というように、それぞれが違う幸せを言っていて、ある幸せを選択すると他の人からしたら「それは幸せじゃない」と言われてしまう。そんな中で、何を選択するのかすごく悩んでいるというのは、先ほどの南田さんのお話からも感じますね。

昔は社外の人と触れ合わなくても困らなかった

杉山
今のお話のように、リスキリングの前段階で悩んでいることは現実としてすごくありそうですね。『地方副業リスキリング』は、そういった悩みに、地方副業やプロボノ、越境研修プログラムが何か役割を果たせるんじゃないかなと思って書いたんですけれども、吉田さんはどう思われますか、

吉田
これはめちゃめちゃありますよね。

私自身の経験でもそうでしたけど、普段触れ合わない人たちと触れ合うだけでも大きな意味があると思います。

先ほどの話にも出てきましたけども、自分のことは、自分だけで考えたり、自分とよく似た人たちと見比べたりしても、よくわからないんですよね。

日本人が海外に行くと、日本のことがよく見えてきたみたいな話ってあるじゃないですか。日本だと当たり前だったんだけども、海外に行ったら全然当たり前じゃなくて、日本ってこんないいところがあるんだと思うこともあれば、逆にここは嫌だな、みたいなことを思うこともある。

それと同じように、普段の会社や特定の地域の中にいると当たり前だと思っていることが、まったく違う方々と触れ合うことによって当たり前じゃないと気づける。自分ができることや苦手なこと、こだわっていること、大切に感じることの違いを通じて、新しい自分の人生の可能性を再発見できる機会になっていくと思うんですよね。

杉山
なるほど。

吉田
これは時代的にもすごく大事だと思っています。

環境の変化がそこまで激しくなく、早くない時代であれば、外の人と触れ合わなくてもあまり困らなかったんですよね。この会社でみんな生きているんだから大丈夫だとと思っていた。

しかし環境がどんどん変化している中では、自分が何ができて、何が苦手なのか。どういう生活をしていると自分は幸せなのかということを自分なりに積み上げていかないと誰も指し示してくれないし、何も自分で決められません。

下手すると「組織にいるんですか?それで大丈夫ですか、本当に?」とか、「定年退職とか、会社に切られたらどうするんですか?」と批判されるし、会社を辞めたら辞めたで、「あんな大手を辞めて大丈夫ですか?」みたいなことを言われます(笑)。

何をしても批判はされるので、それなら、いろんな選択肢を見て、自分なりに納得をした上で「私はこれを選ぶんだ」と思える選択肢を選べばいい。そのきっかけになるのはこの地方副業や越境研修プログラムなんじゃないかなと思います。

普段と違う環境に身を置くと「相対化」が起こる

杉山
吉田さんも実際に副業をされたそうですが、普段触れ合わない方と触れ合ったことで、自分を再発見するようなことはありましたか?

吉田
すごくありました。

たとえば、議事録を書くのは私にとっては割と基本動作というか、食事における「いただきます」と「ごちそうさま」ぐらいの感覚なんですけど。他の会社で副業をすると、議事録を出したら「ミーティングが終わったら文章になって出てきてすごい」と感動されたことがあったんですね。

これが当たり前の環境にいると「いや、こんなの新人でもできることだし。みんなやろうと思えばできるけど、やっていないだけでしょ」と思うんですけど、そうではない世界もあるわけです。

あるいは、「メリットをちゃんと訴求しないと、絶対あの人とうまくいかない」と思っていたのだけど、別に訴求しなくてもめちゃめちゃ仲良くなれた。「なんでこんなにいろいろよくしてくれるんですか」と聞いたら、「なんかよく来てくれているじゃん」みたいに言われたんです。

よく来てくれているだけで、そんな仲良くしてくれるんですか、と。「メリットやベネフィットを感じてもらえなかったら商売にはならない」ということを平気で乗り越えてくる人がいるんですね。論理を超えた動きなんですが、「こんなに温かい世界があるんだ」と思いました

こうした体験を通じて、「普段の自分にとっての当たり前というのが、生き方としてはすごく狭かったんじゃないか」とか「息苦しい世界にいつの間にか行っていたのかな」みたいなことを感じる機会はすごくありましたね。

杉山
南田さんも、「ふるさと兼業」で副業者・兼者さんと接している中で、吉田さんの話に共感するものがあるんじゃないかなと思うんですけど、いかがですか。

南田
まさにそうですね。

奄美大島に兼者さんをお連れした時に、兼者さんが自然の森に地域の方と入りながら、「私は品川で普段何に追われているんだろう」とボソッと漏らしたことがありました。

普段と違う環境に出会うことで、今まさに吉田さんがおっしゃった「相対化する」ことが起きる。これにはすごく意味があると思っています。

自分との違い、環境の違い、職場の違い、仕組みの違い、文化の違い。いろんなものが相対化されることでメタに自分自身を自覚するというんですかね。そういうのは地域に限らずですけど、すごくたくさんあるだろうなと思います。

議事録の話が象徴的ですけど、当たり前だと思っていたことや何気なくやっていたことが、ところ変われば、価値になることがあります。「この技術が外でも役に立つのか」「意外とこういうところが役に立った…」。こういう体験をすると、途端に自分の能力がポータブルスキルに転換できますし、自分自身のポータブルな可能性に気づけます。そういうのはめちゃくちゃ多いなと思いますね。

吉田
最近、介護系の事業をされている方が言っていたのは、「メールにCCを入れることができない方がめちゃめちゃ多い」と。何度伝えても、返ってくるのは全部Toだけになっていると言っていました。

でも、そういう小さなことであってもできないのかと思う一方で、できなくても意外と大きな問題は起こらないともいえます。実はこだわらなくてもよかったんじゃないか……。まさに相対化されることで揺さぶられるんですよね。

また、これは地方に限った話ではないんですけど、約束を守ることが意外と価値になる、とも感じました。「何日までにこれをやりますね」と期日を決めて、その通りに来たらびっくりされたことがありました。

先ほど南田さんがおっしゃっていたように、それがスキルや価値になることを実感すると、「あれ? なんか自分、結構イケているかもしれない」と思えてくる。とくに、大企業の人はめちゃめちゃ力を持っていることを実感すると思うのです。「営業一筋ですから、特に何のスキルもない」みたいなことを言う人がいますが、「特に何も」どころか、むしろスキルにあふれていますよ。

南田
先日、越境研修中に、地域の個店に行く機会があったんですが、東京基準とはイメージも全然違う店舗で、参加者も驚いていたことがありました。でも地域の方と話していると「あの商店がないと困る」と言っていたんです。

自分から見たら、一般水準とかけ離れている商店ですが、地域の人にとってはないと困る…。これを聞いて混乱したのですが、こう思ったのです。もしかして、自分たちが正しいと思っていることが、必ずしもこの街で求められていないかもしれない、と。「都会の豊かさを地域に享受してあげるのがいい」と思っていたのが、果たしてそうだろうかという問い直しが生まれたんですね。

このようなギャップを体験することは、問いが生まれてくる大きなチャンスなんだと思います。

吉田
私も札幌出身で田舎寄りの人間なので、「地元の中学校の友達は豊かに暮らしているな」と思うことがありますし、農家の友達もいっぱいいるんで、その人たちと自分を比べると、いつも相対化が自分の中に起こりますよね。

「自分は本当に選んでやっているんだろうか」「流されていやしないか」みたいなことを感じます。

なぜハレーションが起こるのか

杉山
そういったところが地方副業やプロボノの魅力でもあり、裏返すとハレーションが起こるところなんでしょうね。行ってみたら「なんか緩いな」「教えてやらなくちゃいけないな」となる。そういう気持ちになりやすいというのは、自分でも副業をしてみて感じたところはありました。

南田
今、大企業の越境プログラム研修を地域でやっているんですが、先日、地域の受け入れ先の方が、「せっかく来ていただくのに『何をするか』という仮説がちゃんと作れていなくて、大企業から来ている皆さんを混乱させちゃって申し訳ないことをした」と話していたんですね。

でも、僕は「ちょっと違うんじゃないですか」と話しました。

「そもそも地域の皆さんはここまで死に物狂いで仮説検証し続けて生き残っているじゃないですか。誰も答えを出せないところを生き残っている時点ですごい。それでもどうしていいか分からないという次の一手を探したいと思って、今回手を挙げられたんですよね。そのことについて、もし研修者から「仮説がないから整っていない」と見られるんだとしたら、それはこの10~20年、誰も戦えてなかった逆境を跳ね返してきたことに対する想像力が足りていない。もちろん「何をするか」にフォーカスして考えてほしいけど、変にへりくだることじゃないですよ」

このように伝えたんです。

そもそも死に物ぐるいでやっていたことを伝えるべきだし、かといってそれが正しいという必要もない。だから何かが足りていないからといって、変に否定されるべきではありません。そこはお互いがリスペクトできないとうまくいかないと思うのです。

杉山さんがおっしゃるハレーションが起きやすいのは、相手に対する敬意やリスペクトに欠けているからだと思うんですね。それで「俺のやり方にすべきだ」となると、ハレーションがどんどん大きくなってくる。事例を見ててそう思いますね。

杉山
『地方副業リスキリング』にも書きましたが、自分で副業をして思ったのは、入り口のところのマインドセットがすごく重要だということです。しっかりマインドセットができている人はいろんなものが得られると思うんですけど、そうじゃないと「受け入れ先の会社、すげえ緩くて議事録も書いていなかったよ」みたいな話になってしまう。そこを気をつけなくちゃいけない、というのは伝えたかったことですね。

吉田
南田さんのおっしゃっていることは本当そうだなと思っていて。

生きている時点でものすごく素敵な状態だと思いますし、助けを求めた方が弱い立場ということでもないと思うんですよね。

地方の方々とやり取りしていると、「自分たちは磨かれていないんじゃないか」「都会の皆さまからしたらすごく穴ぼこだらけで恥ずかしいことやっているんじゃないか」みたいな話をされることがあるんですけど、かといって都会のエスタブリッシュな感じの方々が、地方で実際に何か改善策をやってみてうまくいっているかというと、最初全然うまくいかないんですよね。

その外しまくる姿を見て、だんだん気づいていくんですよね。「あれ? この人たちが成功するわけでもないんじゃないか」と。

それで、その地域がどういう仕組みで回っているのかを話すと、「ええ、そんな世界があるんですか」みたいに驚かれる。

歴史がある分だけ、自分たちなりの工夫をしていて、人間関係で回っていることもたくさんある。それはいわゆるビジネスのセオリーからはめっちゃ外れているかもしれないんですけど、それでも成り立つことがあるんですよね。

これはいわゆる文化人類学的な感じかもしれないんですけども、その土地土地の生活の成り立ち方から見ていくとものすごく学びが大きいなと思いますし、自分が賢いと思っていると、一生見えないものだと思うんですよね。

地方副業・兼業・プロボノは、「自分も足りない」とお互いに思いながら学び合おうという場としてめちゃくちゃ有用だと思いますし、「教えてあげよう」「教わろう」みたいな気持ちでいっちゃうと、すれ違いがすごく起こりやすいんだなというのは、これまで見ていて思っているところですね。リスペクトするということは本当に重要だと思います。

日本人同士でも「異文化・異言語の人」だと考える

吉田
以前中国で働いていた時期があるのですが、そのときによく言われていたことがあります。それは、「人間は似ていると、違いがすごく気になる」という話です。見た目が全然似ていないと同じところを見つけたら嬉しくなるけど、逆だとそうではない。

たとえば中国人と日本人はほとんど見た目が一緒なので、「あいつら、ここが合わないんだよ」とお互い言い合いがちなんですけど、日本人と見た目がまったく違う国の人だと、「あいつ、箸使えるんだ」と共通点があるだけで嬉しくなるそうなんです。

だから、自分と環境の異なるところで仕事をするときは、日本人同士だとしても、まったく違う国の人だと思ってやった方がうまくいくと思っています。

違うところが気になるではなく、「ここが同じですね」というところを見つけながらお互い近づいていく。そういうプロセスが大事なのではないかと思います。

南田
これはめっちゃそう思います。

僕も、兼業者にも受け入れ先にも、「異文化・異言語だと思いましょう」「相手と日本語でしゃべっていると思うことが、大きな勘違いだ」とよく言っています。

使っている言葉の解釈が違うことなどはすごくよく起こることです。先ほど吉田さんが言っていた「期日」という言葉の解釈も違うし、「営業」「売り上げ」「利益」「仕事の成果」なども解釈が異なることもあります。

たとえば「成果」について、ある兼業者は「ビジネスとしての成果」と考えて動いていたのに、どうも受け入れ先の経営者と噛み合わない。そこで経営者にたずねたら、経営者はビジネスとしての成果ではなく、「この街にとっての価値」を成果だと思っていた。全然違うものを追いかけているので、それは噛み合わないよねと確認したことがありました。

このようにお互い異文化のなかで生きている。そこから出発した方がいいですね。

杉山
確かに「成果」の解釈が違っていたら、めちゃくちゃ違っちゃいますよね。『地方副業リスキリング』にも書きましたけども、そういう言葉のすり合わせをちゃんとやっていかないと、お互い良かれと思って動いているのに、すれ違っちゃう。

南田
まさに。お互い相手が「好き」で始まっていることなので、合わせようと努力はするんですけど、閾値みたいなのがある。それを超えた瞬間に批判に変わるんですよね。

愛の反対は憎しみみたいなところがあって、「この会社が悪い」「あの経営者が悪い」となると、「社会的な能力が備わっていない」「常識がない」とお互い文句を言い始める。あんなに好き同士だったのに何言っているんですか? みたいな話になっちゃうこともあります。

杉山
そういったことが起こりやすいことを念頭に置いておくことが大事ですよね。

南田
このセミナーの第1回で登壇いただいた石山先生が、本のインタビューで言っていましたよね。「そういう人がいるんじゃなくて、誰しもそういう風になっちゃう時があるんだと思った方がいい」とめちゃくちゃ強くおっしゃっていたじゃないですか。まさにそうだと思うんですね。

杉山
「うまくいく人、うまくいかない人がいるんじゃなくて」という話ですよね。その人本人の問題というより、誰でも環境やいろんなものに影響される。

南田
正直、僕もこんなことを言いながら、「この野郎」と思う時がありますからね(笑)

杉山
私も、この本を書いていながら、また地方企業で副業をしたら、やっぱり罠に落ちるんじゃないかと思っています(笑)。

2割はストレッチゾーンに。副業で”分人”を実感する

杉山
そろそろ鼎談の締めに入りたいと思います。ビジネスパーソンとして今後自分の納得いくキャリアを進んでいくためにはどうしたらいいか。そう悩んでいる方々に、メッセージをいただけますか。

吉田
繰り返しになりますが、「自分で選んだ」ということがすごく大事だと思っています。そして、自分で選ぶためにはいろんな生き方や、自分自身はどういう人間なのかをよく知っていることが必要だと思うんですよね。

そのためには自分と異質なものに触れ続けたり、普段接することのない人に教えてもらい続けることがすごく大事だと思っています。

人間には、居心地のいいコンフォートゾーンと、背伸びしないと達成できないストレッチゾーンがある、とよく言われます。

ストレッチゾーンは行き過ぎるとパニックになるので、ちょうどいいバランスが必要なのですが、せめて生活の2割はストレッチゾーンに身を置くことがちょうど良い割合だと思うのです。その2割の手段として良いのが地方副業や越境研修だと思います。

逆に言えば、世の中には常に2割ぐらいの割合で変わっていると思うんです。テクノロジーで新しいものがでてきたり、今までと違うものがいいと言われたりする。

だから、「自分は今、何にストレッチしているかな」と思い続けること。常に2割はストレッチゾーンに身を置いておくこと。それが、今後のビジネスパーソンにとってすごく大事になる。自戒を込めて、そう思っています。

南田
作家の平野啓一郎さんが「分人主義」ということをおっしゃっているじゃないですか。それを実感できる環境
副業・兼業の場にあると思っています。ある時は代表者をしている人が、ある時は下っ端になれる。

僕も少し前に、コロナ禍で人手が足りないお風呂屋さんをお手伝いしたんですよ。お風呂掃除をしたり、お客様が来たら鍵を出したり、アイスクリームを作ったりしたんですけど。そうしたら、その時の上司だった女子高生から、「南田くん、アイスクリームを巻くのが下手だから裏に行ってください」と怒られまして(笑)。その日1日に5回(優しくですが)怒られました。でも、学ぶことがいっぱいあって、本当にいい経験だったんですよね。

杉山
普段NPOの代表をしている人が、新米アルバイトみたいな扱いをされているわけですね(笑)。

南田
もうアルバイト以下でした。最初は役立たずで(笑)。

一方で、いま飛騨に新しい大学を作るプロジェクトをしていて、一メンバーとして長年関わらせていただいているんですけど、ようやく文科省に申請できたそうで、喜びをかみしめている僕がいる。

このように、いろんなところにいると、自分の得意なことや苦手なことを感じるし、「こういうのはパフォーマンスを出せるけど、こういうのは全然役に立てていないな」とか、「僕より圧倒的にすごいな」と思ったりします。

そうやって、いろんなところでいろんな自分に出会えるというのをやっていくことがとても大事なんじゃないかなと思っています。

その一つが副業やプロボノですし、地域というのがまさに分かりやすく普段と違う自分に出会える場所だと思うので、ぜひとも書籍を読んでほしいですし、人事図書館に行っていただき、そして岐阜にも来てくださると嬉しいですね。皆さん自身のもう一人の自分を見つけてもらえるといいのかなと思っております。ぜひ!

杉山
本日はありがとうございました!


※さらに「地方副業」「プロボノ」のポイントを詳しく知りたい方は、『オンリーワンのキャリアを手に入れる 地方副業リスキリング』(杉山直隆/著、南田修司/監修、自由国民社)をぜひご覧ください。
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ABOUT ME
杉山 直隆
1975年、東京都生まれ。専修大学法学部在学中に、経済系編集プロダクション・カデナクリエイトでバイトを始め、そのまま1997年に就職。雑誌や書籍、Web、PR誌、社内報などの編集・執筆を、20年ほど手がけた後、2016年5月に、フリーのライター・編集者として独立。2019年2月に(株)オフィス解体新書を設立。『週刊東洋経済』『月刊THE21』『NewsPicks』などで執筆中。二児の父(11歳&8歳)。休日は河川敷(草野球)か体育館(空手)にいます