先輩に聞く

【30sta!な人 vol.4】39歳で地方複業をスタート。「自分の思考のクセに改めて気づかされました」

都市部で働きながら地方企業で複業をおこなう人が増えています。
企業の副業解禁や、オンライン会議やビジネスチャットの普及、コロナ禍で在宅勤務をする人の増加が、その要因。
都市部で働く人のノウハウがほしい、とWebマーケティングや新規事業開発といった高度な仕事の求人が増えたことも、「外で自分が通用するのか試したい」「新しいスキルを身につけたい」層の心を掴みました。
30代以上で飛び込んでいる人も少なくないようです。

しかし、地方複業をやってみたいけれども、実際はどうなのか? と二の足を踏んでいる人もいるでしょう。

地方複業で得られるものとは? その難しさとは? 39歳の時に、岩手県の「遠恋複業課」を活用し、大林製菓で複業を始めた、NTTデータの増田洋紀さんに、体験談を伺いました。(text:杉山直隆)

(プロフィール)
ますだ・ひろのり
1978年、群⾺県の⼭間地域出⾝。早稲田大学卒業後、NTTデータ入社。2016年から⾃社の業務で岩⼿県宮古市の復興⽀援事業を担当。2018年岩⼿県宮古市から「本州最東端のまち宮古PR隊第2号隊員」承認。2018年岩⼿県の関係⼈⼝創出事業「遠恋複業課」に参加。
2019年勤務先に兼業申請を⾏い、⼤林製菓株式会社と業務委託契約(複業開始)。⾸都圏の企業に勤務しながら、岩⼿県の「関係⼈⼝」の1⼈として、⼤林製菓株式会社の商品(もち)販路開拓と岩⼿県⼀関市のもち⾷⽂化の知名度向上に挑戦している

39歳ではじめて食品営業にチャレンジ

「ふわmochi」を使った創作メニュー。テリーヌドーム、春巻かず、ズッパイングレーゼを作ってみませんか--。
2020年7月、東京・大塚の創作ダイニング「Shisui deux」で、そんなワークショップが行われました(※冒頭の写真)。

「ふわmochi」とは、岩手県一関市の大林製菓が開発したオリジナル商品。専用装置を用いて、餅にウルトラファインバブル(超微細な泡)を内包させることで、3日間放置しても柔らかさを保つことに成功。自然解凍するだけでつきたての食感を楽しめます。

「創作メニューづくりによって、ふわmochiの魅力をより広く伝えられば、と考え、ワークショップを企画しました。当日は12人の方にご参加いただき、皆さんに楽しんでいただけたようです」
と話すのは増田洋紀さん。普段はNTTデータで営業企画職をしていますが、2019年秋より大林製菓で複業をおこなっています。

「ふわmochiワークショップ」では「ふわmochi」を使った創作メニューに挑戦した

増田さんの仕事は「ふわmochi」を首都圏の飲食店に売り込むこと。食品の営業は、39歳にしてはじめての挑戦だったそうです。

「食品営業は簡単ではないと思っていましたが、想像以上に難しいですね。ただ、はじめて1年強ではありますが、多くの学びがあった。自分に欠けているものに気づかされました

「遠恋複業課」で自分に合った複業を見つける

増田さんが複業を始めた大きな理由は、今の会社で新規事業に挑戦したいという思いがあったからです。
「そのためには、自分の発想やスキルの幅を広げることが必要、と考えていました。そこで、2016年に、社内で手を挙げて、岩手県宮古市の復興支援プロジェクトに2年間参加しました。市内の事業者に営業活動をおこない、実績を残せました。そのプロジェクトが終了した後、何をしようかと探していて見つけたのが、『遠恋複業課』でした」

「遠恋複業課」とは、岩手県が2018年から開始した、県内の企業・団体と首都圏のビジネスパーソンの複業マッチングをおこなうプロジェクトです。

「食品営業は未知の世界ですが、これまでの営業経験が活かせる可能性がある、と考えたのです。マッチングイベントで大林学社長と話して、ますます挑戦意欲がわきましたね。その後は、遠恋複業課がおこなう4回の事前講習と現地でのフィールドワークに参加しました。そこで出した企画案が認められ、複業をすることが決まったという流れです」

大林製菓の組織改編があったことから、複業開始の時期は少し延期され、2019年の秋からになりました。

準備不足で売れず。その内なる原因とは?

増田さんに課せられた任務は、「ふわmochi」と、その餅をメンチカツに入れた「ふわmochiメンチカツ」の販路を首都圏で開拓すること。販売量に応じて成果報酬が支払われます。

大林製菓のオリジナル商品「ふわmochi」。3日間放置しても柔らかい不思議なお餅

さっそく友人のツテを使って、飲食店を回り始めた増田さん。しかし、採用されたのはわずか1店舗……。その原因について、増田さんは「準備不足だった」と振り返ります。

「飲食のプロに対して説明や交渉をできる言葉を持っていないので、最初から売れるとは思っていませんでした。そこで、ふわmochiの冷凍サンプルを持っていき、その場で試食してもらった上で、改善要望を聞いて大林製菓にフィードバックし、自分もこの業界のお作法を身につけようと考えていました。

しかし、そのサイクルが上手く回りませんでした。『なぜ、ふわmochiを開発したのか』『どうしてこの店に合うと思ったのか』『参考になるレシピはあるのか』『卸売ロット数の調整はできるか』など、飲食店からのさまざまな疑問をそのまま大林社長へ伝えたのですが、優先順位も仮説も整理せずにただ伝えていただけなので、改善活動に移れなかったのです」

準備不足の背景にあったのは、「コミュニケーションと当事者意識の不足」。地方複業はオンラインのやり取りが基本なので、対話が不足しがちです。増田さんは、それに加えて、「自分がどこか遠慮していたところもあった」といいます。

「『いただいた商品の資料についてもう少し詳しく知りたい』『現場で感じた悩みを聞いてほしい』と思っていたのですが、『社長は忙しそうだから…』と考えてしまい、オンライン会議の時間を頻繁に割いてもらわなかったのです。だから、大林社長も私が何に困っていることがわからなかったようですね。また、オンライン会議をしても、私の知識不足もあって、細かく聞くことをしていませんでした」

自分から動かなければ、前に進めない

この遠慮は、大林製菓の社員ではなく、外部の複業スタッフという浅い関係性だからこそ起こることといえるでしょう。しかし、このまま遠慮していては売れません。

自分から能動的に動かなければ、前に進めない。そこで気をつかいすぎずにコミュニケーションを取ること。『とくに言う必要はないだろう』などと考えずに、営業結果や自分の悩みをオープンにすること。それが大切だと考えました

それ以来、増田さんは積極的に行動するようになりました。わざわざ市役所に出向いて、一関市のもち食文化を調べ、商品資料のたたき台を作成。わからない部分を大林社長にたずね、飲食店主のさまざまな疑問に答えられる資料を作成しました。

また「ふわmochi」を採用した店のシェフに協力してもらい、冒頭で紹介したワークショップを企画しました。これによって「ふわmochi」の具体的な調理法も生まれ、より資料が充実したそうです。

「新型コロナの影響で、2020年の後半はほとんど営業できませんでしたが、1年間つかって地固めをしたことで、営業するために必要な資料が整いました。コロナの状況が落ち着いたら、営業を再開する予定です」

左が増田さん、右が大林学社長

出会った中小企業や個人事業主に学んだこととは?

こうして地方複業を1年以上経験するなかで、増田さんは、あることに気付かされたといいます。それは、「自分自身が、大組織の行動原則に凝り固まっていた」ということです。

「大きな組織で何か新しい取り組みをするときは、複数のキーパーソンに承認を取り、明確にゴーサインが出てから動き出す、という流れが一般的です。自分がライトパーソン(適任者)だと思っても、『自分がやっていいのか?』『責任を誰が持つことになるか?』とすごく悩んでしまう。『動け』と言われるまでは簡単には動き出しません」

ところが、地方複業で出会った中小企業や個人事業主はまったく逆の行動をとっていたといいます。

何かアイデアがあったら、いちいち誰かに相談することなく、どんどんやってみる。計画も立てずに行動して、あとから『これやってみました』と報告する。前例があろうがなかろうが、関係ない。そういう動きを推奨する人が多かったのです。小さな組織でないとやりにくいことかもしれませんが、新規事業を生み出すためには不可欠な考え方だと思いました。その分、自分自身の企画として責任も負うのですが、そうした環境に身をおいたことで、『前例にとらわれない』『一人称で動いてみる』『とりあえずトライする』といった新しい取り組みのマインドセットができたと感じます

パラレルに動き過ぎると、弊害も出てくる

複業を成功させるためには、「本業との両立」もポイントになります。今のところは、複業の仕事量が少ないので、両立できているそうです。

「会社員には職務専念義務があって、どんなに複業の仕事が忙しくても、本業の仕事で緊急対応があったら、本業を優先するのが一般的です。それは大林さんにも最初に伝えていて、業務委託契約書にも記載しています。優先順位を明確にすることは、両立をする上で一つ大事だと思います」

ただ、今の働き方に課題も感じています。増田さんは、大林製菓の他にも、ITでNPOを支援する社会活動や、宮古市のPR隊などの活動もおこなっていて、仕事でも複数のプロジェクトを兼務しています。

「1日に同じ案件の仕事をし続けるのはそれほど苦にはならないのですが、1日に複数の案件の仕事をすると、マインドやテンションの切り替えをする必要があります。オフラインだと、移動時間で切り替えられるのですが、オンラインだと移動がありません。だから、その再起動の時間をきちんと取らないと、どんどん集中力が低下するのです。『ワークシフト』という本に、オンライン時代を漫然と迎えてしまうと『パラレルで何でもかんでも細切れに仕事をするようになるので、主体性を持たないと、忙しいだけで疲弊していく』と書かれていたのですが、昨秋、私はまさにそうなっていました。スケジュール管理はかなり重要だと感じています

アラフォーのバランス感覚は、複業にも生きる

39歳で地方複業にチャレンジした増田さん。結びに、アラフォーで参加したからこそのメリットをお伺いしました。

「若い頃は、理想の状態を追求しようとして、周囲の干渉に打ち勝つ努力をしがちですが、アラフォーにもなると、すべてを勝ちにいくのではなく、譲ることは譲って、全体最適を目指すようになる。状況に合わせて、落としどころを探るようになります。そうしたバランス感覚や柔軟性は、複業でも活きると感じました。

今回の複業でも、毎週定時に会議をおこない、細かく計画を立てて仕事を進めていくような、本業で親しんでいる方法を求めたら、この複業の形には合わず、仕事が続かなかったでしょう。年齢と経験を重ねていなければ、そうした考えには至らなかった。30代、40代にはそうした強みがあるのではないかと思います

~取材を終えて~
本業をしているだけでは気づかない、自分の思考のクセがわかり、新たな仕事の知見を身につけられる。地方複業にはそんなメリットがあるようです。

ただ、地方複業ならではの難しさも。コミュニケーション不足に陥りやすいのはそのひとつ。とくに初対面で仕事をする場合は、お互いが何を考えているのかを共有しないと、互いの考えにズレが生じて、仕事もうまくいかなくなるようです。

そうした異なる考えをすり合わせるのは、人生経験を積んでいる30代以上の腕の見せ所ともいえます。そう考えると、地方複業は年齢を重ねてから始めたほうが上手くいきやすいのかもしれません。

これまでの経験を駆使して、コミュニケーションを深める工夫をすれば、距離は離れていても、仕事は進められますし、多くのことを得られるはずです。

ABOUT ME
杉山 直隆
1975年、東京都生まれ。専修大学法学部在学中に、経済系編集プロダクション・カデナクリエイトでバイトを始め、そのまま1997年に就職。雑誌や書籍、Web、PR誌、社内報などの編集・執筆を、20年ほど手がけた後、2016年5月に、フリーのライター・編集者として独立。2019年2月に(株)オフィス解体新書を設立。『週刊東洋経済』『月刊THE21』『NewsPicks』などで執筆中。二児の父(11歳&8歳)。休日は河川敷(草野球)か体育館(空手)にいます